学習通信080903
◎何と無責任……

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《春秋》
 「行蔵(こうぞう)は我に存す、毀誉(きよ)は他人の主張」。福田康夫首相が座右の銘とする勝海舟の言葉だ。行蔵とは出処進退の意で、世の称賛も悪口も我関せず、信ずる道を進むという意味合いになる。唐突な辞任を批判されても、我関せずだろうか。

▼信念に従っても、政権が1年ももたないのでは言い訳もできない。政界では今の季節に冬が訪れる。9月を起点にした安倍、福田の両首相とも9月に突然の退陣だ。かつて竹下政権から森政権まで14年間で10人の首相が交代した。5年5カ月の小泉政権を経て再び漂流する日本の政治は、世界にみすぼらしく映る。

▼一世を風靡(ふうび)した「暮しの手帖(てちょう)」の名物編集長・花森安治は、政治家という存在に絶望したジャーナリストだった。政治家よ、で始まる文章に「じぶんだけの損得と名聞にとらわれて あなたといっしょに生きて暮している人たちの 苦しみを平気でふみにじっている」(花森安治の仕事)と嘆きをつづった。

▼福田首相が主導した消費者庁設立はどうなるのか。「ぼくらの暮しは、けっきょく、ぼくらが守るより外(ほか)にないのです」と花森の声が聞こえる。暮しの手帖の商品テストで「いちばん嫌いなのは、すぐこわれてダメになるものである」と言っている。1年で消え去る首相は、さぞかしこっぴどく批評されただろう。
(「日経」20080903)

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《梵語》

福田首相、辞任表明

 まさか、との思い。何と無責任、との思いにかられた国民も多いのではないか。福田康夫首相が、辞任を表明した。昨年の安倍晋三前首相に続いての“政権投げ出し”である

▼午後九時半からの会見で、首相が唯一いらだちを見せたのは、辞任表明すら人ごとのような印象を受けると論評され、辞任が自公政権に及ぼす影響を問われた時だった。「私は自分自身を客観的に見る目があるのです。あなたと違うんです」−

▼そうだろうか。そこまで客観視できるのなら、自身の率いる政権がなぜ、高い支持率を得られないか、どうしたら国民の支持を高められたかも、分かったのではないか。道路特定財源の一般財源化にしても首相の「本気度」が伝われば、支持率も上向いたにちがいない

▼パフォーマンス嫌いで、着実に政策を積み上げる姿勢は悪くない。でも、はからずも最後の会見で出たように、福田首相は何を言っても、人ごとのようだった。ぼろぼろになってもやり遂げる決意と迫力が伝わらなくては国会も民意も動かない

▼二年続きの政権投げ出しは、自公政権の統治能力欠如を示すと言われても仕方がない。「新しい布陣の下で政策の実現を」と述べたが、自身でやり遂げられないものを次の人に振るのは無理な話

▼「貧乏くじかもしれないよ」と言いつつ政権の座について一年足らず。ぼろぼろになるのは首相の美学が許さなかったのだろうか。
(「京都」20080902)

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《筆洗》

 大平内閣の官房長官、鈴木内閣の外相、自民党の総務会長などを歴任した大物政治家が誰なのか分かる人は、かなりの政治通だろう。頑固者で知られた会津人の伊東正義(まさよし)氏である

▼二十年近く前のことになる。竹下登首相が、リクルート事件で高まった政治不信の責任を取って退陣を表明。自民党内では参院選を控えていたため、清廉潔白なイメージの伊東氏を推す声が大勢となった

▼だが本人が首を縦に振らなかった。事件に絡む実力者たちに議員バッジを外すよう求めていたが、受け入れられなかったことが影響している。そこで政治史に残る言葉が飛び出した。「本の表紙だけ変えても中身が変わらないのではだめだ」

▼二代連続で首相が政権を事実上投げ出す前代未聞の事態に、伊東氏が生きていたら同じ言葉を発した気がする。もはや、二人の個人的な能力の問題にとどまらない。自民党の政権担当能力自体が問われている

▼一から出直す決意があるなら、自ら下野する選択肢もあろう。しかし現実の自民党はそんなことにはお構いなしに、次の首相を誰にするかという権力闘争に熱中しているようだ

▼ちなみに伊東氏の説得に失敗した自民党は、宇野宗佑首相の下で参院選を戦ったが、歴史的な大敗を喫し、新政権は六十九日間の短命で終わっている。その言葉に耳を貸さなかった代償は大きかったのである。
(「東京」20080903)

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《編集手帳》

 小さな演芸場では昔、出演者の芸に客席が退屈しているとき、ある細工をした。係員が間違えたふりをして幕を1〜2寸おろし、すぐに戻したという

◆終演が近いことを客に伝えて救いを与えたと、新内節の名人といわれた岡本文弥さんが随筆「芸渡世」に書いている。不評だからと高座を投げ出すのではなく、不評であっても高座を全うする、そのための細工である

◆福田内閣の人気は確かに、幕を1〜2寸おろしていいほど低迷していたが、演目の半ばで「不評のようですね、じゃ、さよなら」と舞台をおりられては誰しも、木戸銭を返せ、となろう

◆発声の達人は息をすべて声に変え、ロウソクの前で歌っても炎は微動もしないという。ねじれ国会の難しさはあったにしても、ため息や吐息のみ多くして、国民に意思や決意を伝える声をついに持ち得なかった責任は、首相その人にある。みずからの息で、政権の炎を吹き消した

◆次期首相に求められるのは何よりも、息をしっかり声にする能力だろうが、「美しい国」「安心実現」の演目二題を続けざまにしくじり、荒れた舞台である。誰にせよ、覚悟がいる。
(「読売」20080903)

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《天声人語》

 運動会の季節、福田首相の辞任に「棒倒し」が浮かぶ。小沢民主党が揺さぶるのは当たり前だ。だが気がつけば、味方のはずの与党は、棒を守る手を休めている。休めるばかりか、揺さぶりをかける者までいる

▼〈みづすまし味方といふは散り易(やす)き〉鷹羽狩行。だれを味方として頼みうるか。深い孤立感と閉塞(へいそく)感があったのだろう。民意にもそっぽを向かれたきりだ。むざむざ倒される前に、というのが父親に続く「二代目宰相」の美学だったかもしれない

▼執拗(しつよう)を嫌う淡泊さを、哲学者の和辻哲郎は名著『風土』で日本人の美質と見た。だが潔いあきらめは、時と場合によっては無責任の別名になる。自身が好んで口にした「国民の目線」から見れば、辞任は無責任と呼ぶほかはない

▼安倍前首相の辞任のとき、小欄は「平沼騏一郎を思い浮かべる」と書いた。戦前、「欧州の天地は複雑怪奇」と言い残して8カ月で政権を投げ出した人だ。今度は歴史をひもとく必要もない。1年に2度もの騒動は、世襲議員の多い政治のひ弱さを示して余りあろう

▼佳境の米大統領選を思う。徹底的に吟味され、食うか食われるかの長丁場を経て権力の座につく。タフでなければ勝ち上がれない。そして、国民の投票で選ばれたという正統性に、4年の任期は支えられる

▼海の向こうの民主主義の光景に、わが政界をかえりみる。もうこれ以上、与党が民意を問わずに権力の座にしがみつくことはできまい。敵も味方もガラガラポンの解散・総選挙で、立てるべき「棒」を決めるのは国民である。
(「朝日」20080903)

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《余録》

政治とは…

 「政治とは可能性の芸術である」はドイツ統一を果たした鉄血宰相ビスマルクの言葉だ。これをもじって「政治は可能性の芸術ではない。悲惨なことと不快なことのどちらを選ぶかという苦肉の選択である」と述べたのは経済学者のガルブレイス氏だ

▲キューバ危機当時、ケネディ大統領への手紙に書いた言葉という。ビスマルクの名言についてはシラク仏前大統領も「政治は可能性の芸術ではない。必要なことを可能にする術である」と言っている(晴山陽一著「すごい言葉」文春新書)

▲さて必要なことが可能にならないからだろうか。それとも悲惨なことも不快なこともどちらも選びたくなかったのか。驚きと共にいくつもの「?」を呼び起こした福田康夫首相の辞任表明である。だが一夜明ければ自民党内の関心はもうポスト福田レース一色に塗り替わっていた

▲すでに麻生太郎幹事長が総裁選出馬を表明し、小池百合子元防衛相も出馬に意欲を示すなど注目候補の動きも早い。自民党にとって総裁選とは今までの支持率低落をご破算にして新リーダーを有権者に売り込む「可能性の芸術」なのだろう

▲だが国民もその総裁選で選ばれたトップが2年続けて政権を放り出したのを忘れるはずもない。それが何かの偶然でないのなら、現下のねじれ国会にあって「必要なことを可能にする術」を備えたリーダーが総裁選で生まれるとも思えない

▲今さら言うのも何だが、政治が行き詰まって可能性が失われたら、選挙で民意を問い、そこから新たな秩序を作るのが議会政治の基本である。与野党は悲惨でも不快でもない現実的選択肢を有権者にどう示すかに知恵をしぼる時だ。
(「毎日」20080903)

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《潮流》

九月。残暑きびしいけれど、日脚はすっかり短くなっています。夕暮れの訪れとともに、秋風がなにやらさびしい

▼中国の漢の時代、皇帝に仕えていた女性が別の女性にとってかわられ、わが身を「秋扇(しゅうせん)」にたとえた、といいます。夏のうちは重宝がられるが、秋風とともに見捨てられる雨。日本では、「秋」は「飽き」に通じる言葉でもあります

▼九月最初の日の朝、「日経」は内閣支持率の急落を報じていました。一ヶ月足らずの間に38%から29%へ。昼。電車に乗ると、雑誌のつり広告にこんな見出しがおどっていました。「麻生太郎&公明党が仕掛ける『福田10月退陣』」

▼そして夜。福田首相が突然、辞めるといいだしました。「麻生太郎&公明党が仕掛ける」はともかく、福田首相が与党内からも飽きられていたのは確かです。「福田で総選挙はたたかえない」と。首相は、「秋扇」に身をやつすのは忍びがたく、みずから辞めると決めたのかもしれません

▼しかし、なんといっても立ち往生政権でした。七十五歳以上のお年寄りを差別する医療制度は総すかんをくい、悪化する景気に打つ手もままならず。インド洋への派兵を続けたいが、拒む世論は強く……

▼辞意会見で、首相はいいました。「私は自分自身を客観的にみることができる」。なるほど、自身の限界はみえていたのでしょう。しかし、首相を替えればなんとかなると考えているのなら、物事が客観的にみえていません。永田町の自公地区に、秋風がたっているのですから。
(「赤旗」20080903)

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◎「本の表紙だけ変えても中身が変わらないのではだめだ」「首相を替えればなんとかなると考えているのなら、物事が客観的にみえてい」ないと。