学習通信081030
◎「労働者の声を代表する人」という信頼をかちとる必要が……

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労働組合の形づくりは簡単

 「労働組合をつくりたいけど規約をつくるのがむつかしいのでは?」「労働組合をつくっても、いろいろ手つづきがむつかしいのでは?」などと、労働組合をつくりたいけれども、形式や手つづきがたいへんむつかしいのではないか、と誰しもはじめは心配なものです。

 労働組合の形だけをつくるのは、きわめて簡単なことです。仲問たちと相談して、@労働組合の規約をきめる、A労働組合の役員を選挙でえらぶ──これだけで労働組合を結成したことになります。労働組合規約は、後でのべるように、当初は、最低必要なことをきめればよいのです。役員選出の方法も、学校での自治会役員選挙や国会議員や県・市議会議員や知事・市長選挙のやり方とほぼ同じで、みなさんも経験のあることです。

 さらに、労働組合の結成は、どこに届ける必要も、だれに許可をもらう必要もありません。労働者がみずから労働組合をつくることをきめれば、それで労働組合は立派に成立するのです。

 また、小企業で働いている労働者の場合、企業のなかで何人まとまれば労働組合ができるのかが心配になります。働いている人が五人〜一〇人の企業では、社長さんの家族や縁故関係の人が多く働いている場合もあります。それだけに、組合づくりの仲間をふやすのにもむつかしさがあるでしょう。

 しかし、労働組合は組合員が何人以上でなければならないという法律やとりきめはなく、二人でも立派な労働組合です。とはいえ、もちろん組合員は一人でも多い方が有利なことは当然です。

 このように、労働組合結成の形をつくるだけなら、それはきわめて簡単なことです。しかし、形だけつくっても、ほんとうに労働組合をつくったことにはならないでしょう。ねばりづよい努力、工夫が必要なのは、労働組合の中身をつくることです。すなわち、労働者の団結──組合を結成すると会社からさまざまの攻撃があります。この攻撃をはねかえし、労働条件の向上をかちとっていくことができる団結──をどうつくるかが、組合づくりの中心です。

労働組合づくりの二つの方法

 労働組合づくりは、大きくわけると二つの方法があります。一つは、一人でも入れる個人加盟の組合(いま、日本中ほとんどの産業や地域にあります)に入って労働組合づくりを進める方法です。もう一つは、〇〇〇工業で働く人たちが〇〇〇工業労働組合をつくる方法です。

 前者の方法は、自分の会社にも労働組合をつくりたいと考えている人たちが、個人加盟の労働組合に入って、組合員をふやしていく方法です。たいていの場合、組合員がある程度の数になるまで、会社に知られないようにこっそりとやります。この方法は、新しく組合規約をつくる必要がないし、他の企業で働く同じ組合の仲間たちから、組合づくりを自分のことのように一生懸命援助、指導してもらえる利点があります。

 後者の方法は、規約を独自につくる必要がありますし、組合づくりの経験ゆたかな人をさがして援助してもらうことも欠せないでしょう。でも、近くに個人加盟の労働組合がなかったり、いまの日本の労働組合のほとんどが企業別組合ですから、組合をつくろうとする仲間たちが「労働組合は企業別につくるものだ」と考える場合が多いでしょう。

 この本では、後者の組合づくりを中心に話をすすめていきます。しかし、仲間づくりの方法、組合員をふやす方法、労働組合結成の時期の決定(前者の場合は、会社にわからないように活動しているのを公然化する時期の決定)、結成大会(公然化大会)のやり方、要求のつくり方、団交のやり方などは両者ともまったく同じです。

 さらに、労働組合づくりには、ある程度時間をかけて準備する場合と、企業倒産などの緊急事態のなかで急につくる場合があります。とくに最近では、はげしい物価値上がりのために労働者の生活は苦しいのに、賃金はあがらないためにますます生活がおびやかされるようになってきていますし、また、経営不振ということで一時帰休や人員整理があちこちの会社でおこなわれるなど、労働者は大きな不安に直面しています。ですから、春闘の時期や会社が人員整理などを出してきたときに、急きょ労働組合をつくってたたかうという例も多くなっています。

 この本では、ある程度時間をかけてつくる場合を中心に話をすすめますが、企業倒産などで急につくる場合についてもあとでふれます。

労働組合結成準備会をつくるまで

 労働者なら誰でも「労働組合があるといいナー」と考えています。しかし、いつもいつも、そう考えているとはかぎりません。昇給が低かった時に、あるいは、会社の上役とおもしろくないことがあった時に、「チクショー、会社やめようか? それとも組合でもつくるか?」と考えます。

 ですから、この本をよんでいるあなたが、「労働組合をつくろう」と思ったら、まず、あなたと同じように考えている仲間をさがすことからはじめます。もし、そのような仲間が見あたらなくても、どんなことでも話し合える仲間が一人や二人はいると思います。その仲間と相談することからはじめます。

 はじめからうまくいくとはかぎりません。うまくいかない方が多いくらいです。なぜなら、労働組合はあった方がいいと思っていても、自分が組合をつくると、会社からにらまれたり、悪くすると首になったりするかもしれないと考えているからです。そして、あなたが「組合をつくろう」と話しかけても、もし自分の本心をしゃべって、それが会社の耳に入ったらたいヘんだと考えているからです。

 ですから、あなたが話しかける仲間は、その仲間からみて、あなたは信頼できる仲間、秘密を守ってくれる仲間だとみなされてないと、話はすすみません。

 心の底から話しあえる仲間、腹をわって話しあえる仲間、いっしょに泣き、笑う仲間を一人でも多くつくることを、日常的に心がけなければなりません。

 労働組合づくりのきっかけは、たいていの場合、ある一つの集団からはじまります。たとえば、ある一つの職場からとか、野球部からとか、同じ年に入社した同期会からとか、寮にいる人たちからとか、同じ乗物で同じ方向から通勤している人だちからとか──。

 あるいはまた、この集団は、野球部とか、同期会とかのようにはきちっとした集団でない場合もあります。たとえばいつもいっしょに喫茶店へいく仲間、のみ屋へいく仲間、将棋仲間、ボーリング仲間等々という場合もあります。

 また、最近は、労働学校(いま、日本全国各地で学習協がおこなっている)へ参加した仲間が、労働組合づくりのきっかけになる例もふえています。

 このようないろいろな仲間や集団が労働組合づくりのきっかけになりますが、その集団の特徴は、すごく仲がよいことです。たとえば、新しい人が入ってきたら歓迎会をやるとか、誰かが病気になったらみんなで見舞いにいくとか、誰かの家や部屋に集まって徹夜で語りあうとか、いっしょに旅行するとか、ことあるごとに集まり、語りあっています。

 こうしたなかで、時どき、「労働組合があるといいナー」「労働組合をつくろうか」という話になり、その話が回を重ねるたびに、労働組合をつくる決意がかたまっていきます。

 ともかく、このような仲間をつくり、その仲間たちと相談して、労働組合結成準備会をつくります。

 しかし、この準備会をつくるときに注意することは、一つだけの職場とか、野球部とか、寮にいる人たちだけという一つの集団だけで準備会をつくるのではなしに、いくつかの職場、いくつかの集団から集まって準備会をつくる方が、その後の活動はずっとやりやすくなるということです。

 ある一〇〇〇人位の工場で労働組合ができた時、一階の機械工場で年配の労働者が中心になって組合づくりをはじめ、それとはまったく別に三階の組立工場で若い人が中心になって組合づくりをはじめ、それともまったく別に、事務所の人たちが組合づくりをはじめ、数か月間はおたがいに知らずに、組合結成準備会をつくって活動していました。年配者は、若い人を入れようと考え、若い人は年配者をなんとかしなければと考え、事務所の人は、事務所だけではダメだと考えて、おたがいに仲間をひろげる活動をしていました。この三つが合流できた時には、いっきに組合結成ができました。

 また、数百人から一〇〇〇人以上の労働者がいる企業になると、労務管理が近代化≠ウれて、労働者の不満が表面化せず、労働者どうしのつきあいも、会社の管理のもとにおかれます。たとえば、会社製のサークルや親睦会や、会社製の寮自治会などによってです。そのために、労働者が自主的に集まって、労働組合づくりを進めるのが、ある程度困難になります。しかし、最近、このような大企業でも労働組合づくりに成功しています。

 組合づくりの準備のなかでは、第一に学習が大切です。学習サークルなどをつくって、近代的∞合理的≠ネベールをかぶって「合理化」をおしすすめてくる本質をしっかりとつかむ必要があります。さらに、仲間たちは一見無気力にみえるが、労働者階級の一員として、いつかはかならずたちあがるにちがいない、と仲問を見る目をしっかりともつことが大事です。

第二に、会社製のサークルや親睦会のなかで熱心に活動し、それの民主化に努力し、労働者の声や要求を反映し、労働者が自主的に団結する経験をつみ、同時に、会社製組織の限界と労働組合の必要性を、ねばりづよくあきらかにすることです。これらの活動をつうじて、労働組合づくりの中心になる人をさがし、あるいは、育成して準備会をつくります。

 さらに、準備会のメンバーがふえて準備会が大きくなった時は、準備会の役員をしっかりと確立する必要があります。この役員になる人たちは、誠実で、仲問たちから信頼のある人たち、もっと欲をいえば、年配の人のなかから、若い人のなかから、婦人のなかから、それぞれの職場のなかから、つまり、労働者の各層のなかから誠実で、仲問たちから信頼のある人たちが集まるようにすることです。そうなれば、準備活動はすごくやりやすくなります。

親睦会がある場合

 企業によっては、親睦会(名前はいろいろつけてあるが、社長を含む全従業員の会で、旅行を計画したり、会員に不幸があるとお見舞いを出したりする親睦組織)があります。多くの親睦会は、会社の労務管理の手段ですし、親睦会で賃上げなどの話をして、労働組合をつくらせないための手段として利用している場合もあります。

 また、親睦会ではなくて、会社自身が日曜日や就業時間後も労働者を管理する目的で、文化・スポーツサークルをつくっている場合もあります。

 わたしたちは、このような親睦会やサークルをも、重視する必要があります。

 労働者のなかには「親睦会でけっこう仲よくやっているのだから、労働組合をつくって波風を立てなくてもいいじゃないか」という仲間もいます。また、親読会の運営が形の上では民主的にやられていて、労働者の意見や要求がある程度反映したり、労働条件についても会社と親睦会とが「交渉」してきめているというような場合は、「親睦会でなら賃上げをみとめるが、労働組合で要求を出してくるなら一円もあげない」と会社が宣伝したりして、労働者のなかにも、親睦会にたいして「期待」をもっている仲間もいます。

 そのような仲間たちの気分や感情を大切にして、親睦会の役員を会社が一方的にきめたり、親睦会のあつまりは、社長の話を聞くだけという運営や実態があれば、役員を労働者の選挙で選ぶように改善したり、形ばかりの民主的運営ではなく、親睦会でおこなう行事やとりあげる問題を労働者の意見や要求にもとづいてきめるなど、親読会の民主化のために努力する必要があります。さらに、賃上げや一時金をはじめとする労働条件改善の要求を親睦会できめ、それを実現していく会にするよう努力します。

 サークルの場合も同じです。

 このようにして、労働組合をつくろうとする人たちは、親睦会やサークルの民主化と、要求実現のために献身的に努力し、「労働者の声を代表する人」という信頼をかちとる必要があります。

 とくに、数百名以上の労働者がいる企業の場合は、いっそう、親睦会やサークルを重視する必要があります。労働者が多い場合は、労働組合をつくろうとする人たちが、日頃つきあっている範囲は、全体のなかでほんのわずかです。そのために、サークルや親睦会のなかで熱心に活動し、さらに、労働者の要求に応じてサークルを新しくつくり、多くの労働者と親しくなることがどうしても必要です。

 そして、このような活動のなかで、「労働組合と親睦会のちがい」「親睦会の限界」「労働組合の必要性」を、ねばり強くあきらかにしていくことが重要です。

労働組合結成準備会の活動

 労働組合をつくろうという仲間ができたら、それらの有志数名から十数名で、労働組合結成準備会をつくります。準備会がやることは、@組合員(加入者)をふやす計画をつくり、組織拡大をおこなう A加入申込書をつくり、加入者一人ひとりに記入してもらって保管する B組合規約の案をつくる C組合役員候補を選ぶ D要求と活動方針をきめる E組合に必要なことを学習する F組合費を準備期問中から集め、それを管理することです。

 これらの活動のために、準備会の役員をきめ、任務を分担します。役員は、準備会委員長一名、副委員長一名、書記長一名、準備委員数名です。

 準備会の活動のなかでもとりわけ大事な活動は、@組合員をふやすこと A学習 B要求の討論です。この三つを同時に進めることによって、団結のつよい、立派な労働組合をつくることができます。

 この準備会の活動は、たんに、労働組合づくりの準備というだけでなく、じつは労働組合活動そのものがはじまっているのです。すなわち、@組合員みんなで十分討論して決定する A決定したことは全員で実行する B準備会の役員会(準備委員会)のもとに全員が団結し、規律ある活動をする C以上のような活動──あるいは、準備会としての学習、要求の討論、組合員の拡大──を保障するために、ある程度組合員がふえたら、職場単位の組織をつくり、役員会の指導と援助のもとに活動することが大切です。
(中森・後藤著「労働組合づくりの基礎知識」学習文庫 p36-48)

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 われわれはさきにベーヴエから、「ペテルブルグだけでなく、ロシア全土にわたって感じられている、行動に適した革命的勢力の不足のこと」を聞いた。この事実に異論をとなえようとする者は、おそらくないであろう。しかし、問題はこの事実をどう説明するかにある。ベーヴエはこう書いている。

 「われわれは、この現象の歴史的諸原因の究明に深いりはすまい。ただ次のことだけを言っておこう。それは、長いあいだの政治的反動によって退廃させられ、すでに起こった、また現在進行中の経済的変動のためにばらばらに分解された社会は、革命的活動に適した人物をきわめて少数しか生みださないということ、また労働者階級が労働者革命家を生みだして、非合法組織の隊列をある程度補充していること、だが、このような革命家の数は時代の要求におうじていないということである。工場で日に一一時間半も働く労働者は、その地位からして主として扇動家の機能を果たしうるだけであるし、他方、宣伝や組織非合法文書の配布や複製、ビラの発行などのおもな負担は、やむをえず、ごく少数のインテリゲンツイア勢力に負わされているので、なおさらそうである。」(『ラボーチェエ・デーロ』第六号、三八−三九ページ)

 このベーヴエの意見には、われわれは多くの点で不賛成であり、とくに、われわれが傍点をつけたことばに不賛成である。

このことばは、ベーヴエ、がわれわれの手工業性に悩みぬきながらも(いくらかでもものを考えたことのある実践家ならば、だれでもそうであるように)、「経済主義」に締めつけられているため、このがまんのならない状態からぬけだす道を探りあてることができないでいることを、とくにあざやかに示している。

そうではないのだ。

社会は「事業」に適した人物をきわめて多数生みだすが、彼らの全部を活用する能力がわれわれにないのである。

ここで問題となっている点については、われわれの運動がおかれている危機的、過渡的な状態は、次のことばで定式化することができる。

──人がいない、しかも人はたくさんいる、と。

人はたくさんいるというのは、労働者階級ばかりでなく、ますます多種多様な社会層が、不満をもつ人々、抗議したいと願っている人々、絶対主義との闘争に応分の援助をあたえる用意のある人々を、年ごとにますます数多く生みだしてくるからである。

まだだれもかれもが絶対主義をがまんできないものと意識するまでにはなっていないが、しかし、ますます広範な大衆がますます痛切にそう感じるようになっている。

また、それと同時に人がいないというのは、指導者がいず、政治的首領がいず、また、どんなにわずかな勢力でもあらゆる勢力に働く場をあたえるような、広範であると同時に統一ある、整然たる活動を組織することのできる、才能ある組織者がいないからである。
(レーニン「なにをなすべきか」レーニン一〇巻選集A 大月書店 p125-126)

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◎「人がいない、しかも人はたくさんいる」と。