学習通信081128
◎「磯じまん」を買って……

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磯じまんの思い出

 本紙(「全国商工新聞)の連載小説を愛読している私は、時にとても嬉しくなることがある。よく調べこんだあの頃のことが、固有名詞などを通じてひょっこり浮かび上がる時などである。

 この間もそうだった。桐子が婚家から一種の里帰りもどきのようなことをやった時、かまぼこと「磯じまん」を買って嫁ぎ先へ帰るくだりを読んで私は滝が流れおちるようにそのころのことを思い出した。

 私のおさない頃にも「磯じまん」はあった。その「磯じまん」より少しねだんのはるのが「江戸の華」であった。「江戸の華」の方が洗練された味だった。「磯じまん」の方は、その名の通りいささか野性的な磯の匂いがあるようであった。

 そんなことのほかに、私は強烈といってよい思い出を持っている。私は小学校四年の初夏に、京都市内の小学校から郡部の学校へ転校した。現在の居住地であるが、新しい小学校に通い出してあっと驚くことがいっぱいあった。粘土細工をするとなると近所の川ヘガパッと粘上を掘り起しにいって、大きな作品を作ったりするのは、田舎ならではの楽しさだったが、これまでには絶えて経験したことのないむしろいたましい現象にも肝をつぶした。

 クラスでも農家から通っている幾人かの子は、おべんとうはごはんをいれてくるだけで、おかずを持たなかった。その子たちの机には、「磯じまん」がいれてあって、おかずはそれだけだった。私のおべんとうだって、今のように華やかな内容ではないし、せいぜい二品だったが、それどころではない。私は一種厳粛な気分にうたれていたものだった。

 三つちがいの弟が小学校へ入る頃になると、世の中はいやな軍国主義的風潮でみちみちるようになり、肉など持ってゆくとスパイなどと友だちから言われたらしい。「僕も磯じまんをおいておきたい」と弟はごねて、母を大そう困らしていた。何とも切ない時代だったが、あんな時代の再来は願い下げだ。(「全国商工新聞」一九八一年十一月)
(寿岳章子著「はんなり ほっこり」新日本出版社 p114-115)

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平和ってなんですか?

 アメリカの同時多発テロの首業者と見なされる人物を支援しているということで、アメリカの報復の対象となったアフガニスタン。戦闘が始まる前の現地からのリポートによると、一部の市民はとなりの国などに脱出しようとしているけれど、大部分の人たちは意外に冷静で静かに生活していたともいっていた。アフガニスタンの問題を研究している大学の先生と話す機会があったので、たずねてみた。

 「戦争が近づいているかもしれないのに、人々はいつも通り生活をしているなんて……本当なんですか?」

 すると、先生は言った。
 「そのあたりではいつも何らかの争いが起きていますから、紛争や戦争の状態のほうがあたりまえだと思っている人もいるんです。とくに若い人たちは、平和というものを一度も経験したことがないから、それがどんな状態かも知らないんです」

 この話にはショックを受けた。私たちはいつも平和な国に住んでいるから、「アメリカでテロが起きた! 戦争が始まるかもしれない!」と大騒ぎになったわけだけど、いつも争いが起きている国にいると、「ああ、今度の戦争はちょっと大きいみたいだなあ」くらいにしか感じないのかもしれない。「戦争のない平和な国にしたいと思いませんか?」ときいても、彼らは「え? 平和ってなんですか? そういう体験がないから、それがどんなものかわかりません」と答えるのだろうか……。

 こんな状況、今の私たちには想像もできない。たとえば、「電気がない国」だったら、まだ、なんとか想像することはできる。停電になったときなどに「あれ、テレビもつかない。トイレも真っ暗だよ。でも電気がまだない国っていうのもこんな感じなのかなあ」なんて考えてみることができる。そして、「あたりまえにあると思っている電気だけど、本当はありがたいものなんだな」なんて、一瞬、今の暮らしに感謝したりするのではないだろうか(すぐ忘れちゃうけど)。

 それと同じように、平和というのも、実ははじめからあたりまえにあるわけじゃなくて、みんなの力で苦労してつくり上げ、守り続けているものなのだ。空気のように地球の上であればどこにでもあるものとはぜんぜん違う。

 日本にいると、ついそんなことも忘れてしまう。でも、もし「争いのほうがあたりまえ」と思っている人がアフガニスタンだけではなくたくさんの国にいるとしたら、そういう人にも「平和ってこんなにいいものなんだよ」と味わってほしいよね? そして、本当は戦争のほうが異常な状態なんだって、わかってほしいよね?

 それができるのは、二一世紀を生きていくあなたたちしかいない。今は、残念ながら日本でも、「自分の安全」すら守るのがたいへんな時代になりつつある。でも、自分のためだけじゃなく、世界の人たちのためにがんばれるおとなに絶対なってほしい。これが私からのお願い。

□イラクなどで実際におこなわれた戦争の映像を見て、なにかを感じましたか
□日本は平和な国だと思いますか
□世界の平和のために、いちばん大切なものはなんでしょう
(香山リカ著「10代のうちに考えておくこと」岩波ジュニア新書 p110-112)

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◎「「平和ってこんなにいいものなんだよ」と味わってほしい……そして、本当は戦争のほうが異常な状態なんだって、わかってほしいよね? それができるのは、二一世紀を生きていくあなたたち」と。