学習通信090206
◎労働はなお限りなくそれ以上のもの……

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●──人間と労働

 道具をつくりだし、これをつかって外部の世界にはたらきかけることは「労働」と呼ばれます。労働は人間にとってもっとも根源的な文化であり、「考える葦」としての人間にとって不可欠なコトバも、労働のなかから、労働によって生みだされていったものです。人間の脳のなかでいちばん広大な領域をしめているのが、手の運動にかかわる部分だということはさきにも述べましたが、それについで広い領域をしめているのが、口と舌をつかさどる部分だということも、知っておいていいでしょう。

 凧をつかった実験などをつうじて避雷針を発明したことで有名な科学者であり、アメリカ独立宣言の起草委員の一人として活躍した政治家でもあったベンジャミン・フランクリンは、「人間は道具をつくる動物だ」といっています。これは、「考える葦」というパスカルのことば以上に、人間と他の動物との根源的なちがいをとらえたすばらしいことばだと思います。たんに「道具をつかう」というのではなく、「道具をつくる」といっていることに注意してください。ただ道具をつかうことだけだったら、チンパンジーでもやります。しかし、道具を自分でつくることはしない。本格的なかたちでそれをやるのは、人間だけ。

 もっとも、チンパンジーでも道具をつくることがあるんだ、ということが、一頃前からわかってきました。アフリカに野生しているチンパンジーの観察からわかってきたんです。彼らは、小枝を折りとって皮をはいだり、ツルをひきさいたり、木の葉から葉肉を手でもんでスジをとりだしたりして、それをアリ塚にさしこんで、しずかにかきまわす。しばらくしてからひきぬくと、アリがそれにかみついてきている。そのアリをなめて食べるんだそうです。チンパンジーのアリ釣りと呼ばれます。

 この「アリ釣り」は、多摩動物公園でも見られるそうですね。もっとも、ここでは「ハチミツ釣り」で、それも人間がお膳だてしたのですが。すなわち、園長さんがチンパンジーのノイローゼ防止策として、オリのなかにコンクリート製の人工の「アリ塚」をこさえ穴をあけて、なかにハチミツを入れた皿をいれた。はじめのうち、チンパンジーたちは、へんなものが出現したのでおそるおそるなでたりさすったり、なかには「アリ塚」にとび蹴りをくわせた勇敢なチンパンジーもいたそうですが、ついに一ぴきが、ころがっていた捧をひろって穴につっこみ、いろいろしているうち、ミツがくっついてくることを発見した。それ以来、チンパンジーたちはこの「ハチミツ釣り」に夢中になり、近くに手頃な捧がないときは、どこかからさがしだしてくるといいます。「道具の製造」までやりだしたかどうかは、まだたしかめていませんが。

 それはともかく、アフリカのチンパンジーはたしかに「道具の製造」までやるんですね。では、あのフランクリンの定義に根本的な修正が必要なのか、それともチンパンジーもヒトの一種なのか、といえば、そうではない。チンパンジーの「アリ釣り」は、彼らにとっては一種のリクリエーション兼おやつのようなもので、それなしには生きていけないといったものではないんですね。

だから、その「道具」といっても、ほんのまにあわせ程度の簡単なもので、加工に平均一分とかからないし、道具をつくるための道具なんてものもありません。現地でながらく野生チンパンジーの観察にあたった西田利貞さんは、「人間は、生存のためにたえず道具に依存する唯一の哺乳類である」というバーソロミューとバードセルのことばを引きながら、道具をつくるための道具をもっているのは人間だけだということを強調していらっしやいます。

 おそらくは人間の先祖も、はじめはチンパンジー的な労働のめばえから出発したんだと思います。でも、そこにとどまっているあいだは、まだ類人猿の一種だった。そこをぬけでて、「たえず道具に依存する」生活へ、「道具をつくる道具」を必要とする生活へとすすみでることによってはじめて、人間への第一歩をふみだしたのだ、ということができるだろうと思います。
(高田求著「未来をきりひらく保育観」ささらカルチャーブックス p52-55)

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 労働はあらゆる富の源泉である、と経済学者たちは言っている。自然が労働に材料を提供し、労働がこれを富に変えるのであるが、その自然とならん1労働は富の源泉である。しかしそれだけにとどまらず、労働はなお限りなくそれ以上のものである。労働は人間生活全体の第一の基本条件であり、しかもある意味では、労働が人間そのものをも創造したのだ、と言わなければならないほどに基本的な条件なのである。
エンゲルス「自然の弁証法 猿が人間化するにあたっての労働の役割」ME全集 20巻p482)

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◎「「たえず道具に依存する」生活へ、「道具をつくる道具」を必要とする生活へとすすみでることによってはじめて、人間への第一歩をふみだした」と。