学習通信090303
◎やがて糸が切れて錘が飛び去ってしまう……
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《潮 流》
西の夕空に金星がひときわ明るい。光度マイナス四・六等。あまりの大きさに、かえって不気味さを覚える人がいるかもしれません
▼二十日、光度が最大に。昼のうちでも眺められるほど輝く、といいます。はたしてどうでしょう。読者のみなさんも、青空に金星を探してみてはいかが?以後しだいに高度が下がってゆき、みえにくくなるそうです
▼金星は、「ビーナス」。とよばれます。ギリシャ神話では「アフロデゴア」。愛と美の女神の名前です。彼女の子のエロスは、愛の矢を放っては恋の種をばらまきます。美しい光を降り注ぐ金星に、たしかに「ビーナス」の名はふさわしい
▼地球人は、金星の赤道付近の大陸にも、「アフロディテ」の名をつけています。しかし、名前と素顔は大違い。いままでの観測から分かっている金星は、地球にいちばん近い惑星とはいえ、生き物をよせつけない地獄のような天体です
▼硫酸の雲におおわれ、大気のほとんどは二酸化炭素です。地表の温度の平均は四六五度。気圧は地球の九十倍。金星が太陽にもっとも近い水星より熱いのは、熱を閉じ込めて逃がさない、二酸化炭素の「温室効果」のせいといいます
▼そんな金星は、生物が誕生する前の地球と似ているそうです。地球もやはり、二酸化炭素の濃い大気をもっていました。いま、人間社会の排出する二酸化炭素の「温室効果」で、地球が温暖化しています。金星の姿が、地球の太古はともかく地球の未来図とは、冗談にも想像したくありません。
(「赤旗」20090219)
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循環系としての地球
人間は自らの手で恒環境にしようとしているが、地球も同じように生物が棲み良くなるように環境を整えている。あたかも、地球が生き物であるかのように自らの環境を変えてきたのでギリシャの大地の女神ガイアにちなんで「地球ガイア説」が唱えられたりしている。実際、地球の営みを子細に見れば、実に微妙なバランスを取りながら恒環境を実現していることがわかる。
地球は「水の惑星」である。地球表面の四分の三までを海面が占め、その深さを平均すると五〇〇メートルを超えるくらいになる。お隣の惑星である金星や火星に海がないことと比べてみれば、決定的な差異がある。水が存在したからこそ、地球に生命が誕生し得たのだ。
ごくありふれた物質でありながら、水は不思議な性質を多く持っている。例えば、水は他の液体に比べて多くの化学物質を溶かす能力が格段に高い。最初、海の底で生命の原型が誕生したとき(太陽からの紫外線が強すぎて水中でしか生命は生きられなかった)、その原始生命体は水に溶け込んだ有機物質を取り入れて生命を保ったと考えられている。光合成を行う植物が生まれたのは、その次の段階なのである。水が多くの物質を溶け込ませていたからこそ、さまざまな化学反応が起こり得て原始生命が誕生できたし、それが生き長らえられたのだ。
また、一気圧の下で、水はたった一〇〇度の温度幅で、固体の氷、液体の水、気体の水蒸気と三つの状態の間を変化することができる。この性質は、水が地球環境を整える上で実に好都合となっている。地表には、太陽から来るエネルギーや人間の活動によって発生した熱エネルギーが溜まっている。もし、それを排出できなかったら、地表の温度はどんどん上昇していくだろう。現に、東京や大阪のような大都市では「ヒートアイランド」現象が生じている。コンクリート建物やアスファルト道路で覆われている都会では、エアコンやクルマの使用によって生じた廃熱が溜まり、温度が二、三度周辺部より高くなっている現象である。このため、都会では高温の空気が上昇気流となって浮き上がり、それを補うように郊外から風が吹き込んでいる。このような空気の循環のために、郊外の工場で発生した排ガスが都会に流れ込むようになり「光化学スモッグ」が問題とされるようになったのだ。
通常、温度が高くなると、水は熱エネルギーを吸収して水蒸気となり、大気中を上昇していく。そして、上空に昇った水蒸気は、冷やされて水に戻ったり水になったりする。このとき、地上で吸収したエネルギーを宇宙空間に放出している。その後、雨や雪となって水は地上に戻ってくる。このように、水は姿を変えながら地上と上空を往復して、地上で発生した熱エネルギーを宇宙空間へ捨てる役割を果たしている。いわば、水が地球のエアコンのガスとなって、地球を平均気温が約一五度という恒環境に保っているのだ。
この水循環によるエアコン効果は、実に巧妙なサーモスタット付きとなっていることがわかる。もし気温が上昇し過ぎると、水の蒸発が増えて雲の量が多くなり、パラソルのように太陽光を多く反射するので地上へ到達する太陽エネルギーが減少する。
つまり。
温度の上昇⇒雲量の増加⇒パラソル効果⇒温度の下降
という連鎖になる。その結果、地上の温度を下げることになる。温度が下がりすぎると、水の蒸発が減って雲が少なくなり、やってくる太陽エネルギーが増えて温度を上げるように働く。水が雲という形をとって、その量を調節しながらサーモスタット役を果たしているのだ。
といっても、問題は単純ではない。雲は太陽光を遮る効果があるが、地上から逃げ出す赤外線を吸収する効果もあるからだ。二酸化炭素が「温室効果ガス」と呼ばれているのは、太陽からの光は通すが、地上から逃げ出す赤外線を吸収する作用──ちょうど、温室のガラスやビニールの役割と同じである──のためだが、雲も同じ温室効果を示すのである。もし、雲の温室効果の方が大きければ
温度の上昇⇒雲量の増加⇒温室効果⇒ますますの温度上昇
という悪循環が進行する。地球環境問題が難しいのは、このように一つの現象(雲量の増加)がまったく相反する働きをすることが多いから、単純に善玉・悪玉と決めつけられないためである。
例えば、現在、一〇キロメートル上空をジェット機が多数飛び交っているが、それによって「飛行機雲」が発生している。大西洋上空では、常時一〇パーセントは飛行機雲に覆われていると見積もられている。この雲は「温室効果」をもたらしていることがわかっている。一方、海上ではタンカーや貨物輸送船が多数行き交っており、これらは重油を燃やして航海している。これによって排出される煙にはイオウ分が多く含まれており、それによって作られる「船舶雲」は「パラソル効果」を引き起こす。さて、どちらが地球環境に大きな影響を与えているのだろうか。それについては、まだ確かなことはわかっていない。地球は複雑系なのである。
水循環が地球の環境を整えているのは事実だが、炭素やイオウや鉄などさまざまな元素も循環しつつ地球を恒環境に保っている。例えば、炭素は有機物や生命体を作る重要な元素だが、それらは燃やされると二酸化炭素になって空気中に広がる。その一部は植物に吸収されて光合成に使われ、再び生命体に取り込まれる。また、二酸化炭素の一部は海水に溶け込んでカルシウムと結合して固体の石灰石となって海底に沈殿する。それらは、海底の隆起によって地上に現れて鍾乳洞になる場合もあり、火山爆発の際に気体となって空気中に拡散する場合もある。また、植物が枯れると地中で細菌によって分解され、二酸化炭素が空気中に放出されている。このように炭素は、海や山や生命体を通して地球上で大循環しているのである。
このことは、空気中に含まれる二酸化炭素量が大きく季節変動することからもわかる。ハワイのマウナロア山上に設置されている大気研究所では、一九五八年以来ずっと空気中の二酸化炭素量を測定しているが、北半球の夏には二酸化炭素が減少し、冬には増加するデータが得られている。北半球には大陸が多く、南半球には海が広がっている。大陸に生えている植物は、夏に光合成活動が盛んになるので空気中の二酸化炭素量を減少させる。また、北半球の夏は南半球の冬であり、広い海水面の温度が下がる。二酸化炭素の海水への溶解度は、温度が低いほど大きいから、二酸化炭素量を減少させる効果になっている。この二つの効果のため、北半球の夏では空気中の二酸化炭素は少し減少する。逆に北半球の冬では大陸の植物の働きが鈍くなり、南半球の海水温度も上昇して二酸化炭素の溶解度が減少する、という夏とは反対の効果のために空気中の二酸化炭素量が増加するのである。
水や炭素だけでなく、地球は、さまざまな循環システムの微妙な組み合わせが実現されているのだ。そう考えると、地球環境問題を考える一つのキーワードが「循環」であることがわかる。
循環という言葉から連想される第一のことは、人間も血液の循環系であるということだろう。実際、病院に循環器科という医療部門がある。血管が詰まって血液が流れなくなって酸素不足となったり、血管が破れて脳溢血を起こしたりする病気が多い。つまり、循環システムで、パイプが詰まったり破れたりしたために循環系でなくなると、当然ながらそのシステムは壊れてしまうのだ。たとえ臓器がすべて健全であったとしても、血液が循環しなくなると死を迎えるのである。
地球環境で言えば、先に述べた炭素の循環にこの危険性がある。二酸化炭素は温室効果を及ぼす。大気中の二酸化炭素が増えると、地球が温暖化するのだ。一方、二酸化炭素のかなりは海水に吸収されているが、水温が高いと二酸化炭素の海水への溶解度は小さくなる。水を温めるうちに溶け込んでいた空気が泡となって出てくるように、一般に水温が高いとガスは水に溶解しにくいのだ。
ビールの温度と味のことを思い出してみよう。飲み残しのビールが不味いのは、アルコールが空気中の酸素と結合してアルデヒドができるためである。そこで、アルコールが酸化しないよう、ビール一リットルには三リットルもの二酸化炭素を溶け込ませている。しかし、ビールが暖まると、栓を抜いたとたんに二酸化炭素が泡とともに溢れ出してしまうから、たちまちビールは不味くなってしまう。ビールを冷やすのは二酸化炭素を多く溶かして味を保つためなのだ。ビールと同じで、地球大気が温暖化すると海水温も上昇するから、二酸化炭素の溶解度が下がると考えられる。つまり
二酸化炭素の増加⇒温室効果による海水温の上昇⇒二酸化炭素の溶解度の低下⇒空気中の二酸化炭素量の増加
という悪循環が進み、やがて炭素の循環が止まってしまう可能性があるのだ。現在のところ、大気中の二酸化炭素量はじりじりと増えているが、まだ悪循環の輪を暴走し始めている気配はない。しかし、二酸化炭素量がある一定値を超えると暴走を開始する可能性があることに注意しなければならない。(ここで「悪循環」という言葉をつかったが、どういうわけか「良循環」という言葉はない。「悪いことは連鎖的に起こるから気を付けろ、良いことは続かないから安心するな」というためだろうか。もっとも、「わらしべ長者」などは良循環の典型だと思うのだが。)
地球の歴史から言えば、まず何らかの原因で地球温暖化が起こり、それに続いて空気中の二酸化炭素が増加したらしい。だから二酸化炭素は地球温暖化の元凶でない、という意見がある。しかし、人間の営みで二酸化炭素が増加しているのは事実であり、それが温暖化の引き金となり得ることは、誰も否定できない。
一般に、サーモスタットのような装置は、常にある一定の状態になるよう(例えば、部屋を決めた温度にするよう)、ズレが生じたら元の状態に戻るよう作動する。これを「負(ネガティブ)のフィードバック系」と呼ぶ。雲が太陽エネルギーの入射量を決めているなら、負のフィードバックとして働き、気温を一定にするように働いていることになる。
逆に、ズレが生じたら、そのズレが原因となってますますズレが大きくなるような場合を、「正(ポジティブ)のフィードバック系」と呼ぶ。「悪循環」のことである。雲の温室効果が大きければ、悪循環となって温暖化の暴走が起こることは先に述べた。かつて、寺田寅彦は「遅れる電車はますます遅れる」と述べたことがあるが、これは正のフィードバックの典型である。
このように、循環系はフィードバック系ととらえることができる。ある一定の状態で安定して循環している場合が負のフィードバック系であり、循環が止まってしまうか、あるいは暴走して悪循環となってしまう場合が正のフィードバック系である。難しいのは、一定の状態からのズレが小さい間は負のフィードバック系であっても、ズレが大きくなるにつれ正のフィードバック系に転化するような場合である。糸の先に錘をつけてクルクル回すとき、ゆっくり回す間は糸は切れないが、だんだん速く回していくと、やがて糸が切れて錘が飛び去ってしまうのに似ている。
地球を循環系ととらえると、現在のところは負のフィードバック系であり、天変地異は起こっていない。しかし、現在の大量生産・大量消費・大量廃棄という人間の活動は、一定値からのズレをますます大きくしている。二酸化炭素の増加がその一例である。このまま放置していると、地球という循環系が正のフィードバック系に転化してしまう危険性があるのだ。まだ正のフィードバック系に転化していない間に、然るべき手を打たねば、いつか糸が切れてしまうだろう。糸が切れたとき、錘はどこへ飛んでしまうか誰も分からない。循環系としての地球を意識すること、それが環境問題を身に沁みて考える第一歩なのではないだろうか。
ところで、水のもう一つの大事な特性について書いておきたい。水は凍って固体の氷になると軽くなり(正確には比重が小さくなり)、水に浮くという性質である。当たり前のように見えるが、実は当たり前でない。自然界のほとんどの物質は、液体から固体に変わると重くなって(比重が大きくなって)沈むからだ。水は例外の物質なのである。水のこの特質は、ウイスキーの水割りが旨くなるから好都合であるだけではない。もし、水が凍って沈んでいくなら、湖や池の魚は冬を越すことができないだろう。もっと深刻な問題は、北極や南極で凍った水が海中に沈むと海底は氷に覆われてしまい、とても生命が誕生する環境にはなり得なかったことだ。「氷が水に浮く」、この平凡で偉大な真理は、水惑星の地球における生命誕生にとって必須の条件であったのだ。
(池内了著「私のエネルギー論」文春新書 p24-34)
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◎「地球は「水の惑星」である」と。