学習通信090304
◎水惑星…… 090303とあわせて学んでください。

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《潮 流》

雪が降りました。ことし、東京で雪らしい雪をみたのは初めてです。一円玉のような大きさの、湿り気をふくむぼた雪が、われもわれもと降り落ちてはむなしく消えてゆきました。まるで、記録的な暖冬、温暖化という現実を忘れさせないぞ、と訴えるかのように

▼雪に興味はつきません。だいたい、水という物質からしておもしろい。氷、水、水蒸気。つまり、固体、液体、気体。地球上で、三つの形とも自然の状態でたくさん存在する物質は、水だけです

▼雪は、雲のごく小さな水滴が、氷の粒に変わってできます。しかし、氷の粒へは、自分の力のみでは変身できません。核を形づくってくれるものがいります。その仕事をするのが、空にただよう塵です

▼氷晶とよばれる粒は、水蒸気をとりこんで、雪の結晶へと成長します。ところで、お年寄り向けの頭の体操の本に、共通点を探す問題が載っていました。雪とハチの巣では?

▼答えは、六角形。昔から人々は、六角形の雪の結晶に魅せられてきました。無数の雪の結晶が、一粒一粒、すべて違う美しさをもっているのですから、なおさらでしょう。針みたいにとがった形から、丸みをおびたものまで、まるで人が細工したようにみえてきます

▼六角形は、隣りあわせて限りなくつながってゆく形です。ハチの巣をみれば分かります。表情は一つひとつ違うけれど、つながりを求める形で存在する。降りしきる雪の中で考えました。なんだか、人間と人間社会にも重なるようではないか、と。
(「赤旗」20090228)

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水惑星の出来る条件

原始の地球環境

 ハマスレイ峡谷といっても谷の深さは数十メートルといった程度で、谷底を流れる川の一部は上からでも見渡せる。崖も水も赤一色に染まる風景に、点々と生える緑の木々のコントラストが心地よい。すでに昼近く、頭上の真夏の太陽の光が、さえぎるもののない大地に容赦なく降り注ぐ。南緯二二度付近の真夏の太陽は肌に焼けつくようだ。あたりに響くのはわれわれの会話のみという静寂さが、太古の昔を想像させる。

 本当なら日がな一日のんびりして二十数億年の時の流れを心ゆくまで味わいたいが、そんな余裕はない。このあとトム・プライス鉱山の鉄鉱石の採掘現場を見学して、夕方の飛行機でパースまで戻るのが今日の予定である。崖を下りる途中、どこかで聞いたことがあるCMのコピーがふと思い浮かんだ。時は流れない、ただ積み重なる。二十数億年前に何億年もかけて堆積した時間がここに凝縮されている。なお、ハマスレイ盆地の縞状鉄鉱層の厚みは、そのすべての地層が堆積しているところでは、実際には数百メートルを越えるという。

 原始の地球環境がいかなるものであったのかを推定する手がかりは乏しい。地球の内部は熱く、その熱を運ぶためにマントルは対流し、大地を動かし、その結果大地は次々とあふれ出た溶岩によって更新され、大地に刻まれた古い時代の痕跡を残さないからである。しかし眼前の峡谷に見られる縞状鉄鉱層は、当時の地球に海が存在し、まだ十分な酸素が海洋中に行き渡らなかった環境を示してくれる、数少ない地球史の証言者なのである。

 当時から現在に至るまで、海は今日見られるのとほとんど変わらない形で存在し続けた。海はそれよりも前から、少なくとも三八億年以上もの昔から存在したことが、別の地質学的証拠からも推定されている。

 海がこのように安定して存在しているからこそ、今われわれがこの地球の上に生きている。海を地表にたたえる惑星は、現在の太陽系では地球をおいてほかにない。そのことがまた、地球が生命を育む星になりえたゆえんでもある。地球環境というと、現在の環境問題でいろいろと議論されているように、さまざまなことがらが関係している。しかし最も重要でかつ本質的な地球環境とは、海が安定に存在し続けられる環境であることを忘れてはならない。というのは、そのためには大気といえどもその成分を変えることを要請されるからである。現在の、大気を変えてはならないというわれわれの信念はそれが現在のわれわれの生存を規定する条件だから、という以外に根拠がない。地球という天体に基づく立場からは、そのような主張はナンセンスなものであることが、海が安定に存在しえる条件から示される。

 地表に液体の水が存在しえるのは、現大気圧の下では地表温度が〇度Cから一〇〇度Cの範囲内にある場合である。それ以下では海は凍りつき、それ以上では海は蒸発する。現在の地球型惑星の地表環境でいえば、大気圧は異なるが火星が前者に相当し、金星が後者に相当する。それでは地球はその歴史を通じて、なぜその地表温度がこの範囲に保たれたのだろうか。

 現大気が過去にも同様に存在したとしたら、地表温度はこの範囲内に保たれることはない。その理由は太陽がその進化を通じて輝き方を変えることにある。

暗い太陽のパラドックス

 現在の地表温度は、全球を年間にわたって平均すると一五度Cである。これは入射する太陽光と、その結果暖められた地表がその熱を宇宙空間に放射して冷える熱放射との釣り合いで決まる。大気が存在しなければ、そのような釣り合いの温度は現在でも零下二〇度Cにもなる。すなわち現在の一五度Cという平均気温には、大気の温室効果の寄与が三五度分あることになる。

 温室効果というのは、温室の内部に入射した太陽光によりその内部が暖められ、まわりより温暖な状態に保たれる、そのような現象のことをいう。これは温室の壁であるガラスが、太陽光は通過させるが、暖められた内部から放出される熱放射(赤外線)を吸収し、外へ逃がさない効果をもつことによる。大気も、地表からの熱放射を吸収するガスをその中に含むと、温室のガラスと同様、地表の熱を宇宙空間に放射するのをさまたげる。大気の温室効果の程度はよく知られているように、大気中の水蒸気や二酸化炭素などの温室効果ガスの量で決まっている。

 現大気が過去にも存在し、太陽の輝き方も今と変わらなかったら、地表温度は現在と変わらず、したがって海は安定に存在しえることになる。過去の大気がどうであったかはよくわからない。そこでとりあえず、それは変わらなかったとしてみよう。すると問題は太陽の輝き方である。

 太陽はその中心部で水素を燃やすことで輝いている。いわゆる熱核融合反応といわれるもので、水素の原子核どうしが融合してヘリウムの原子核に変わる反応である。この過程で微少とはいえ原子核の質量の欠損が生じ、それがエネルギーとして放出される。わかりやすくいえば、水素が燃え、燃えかすとしてヘリウムがたまるということになる。

 太陽の進化とはこのように、その中心部で水素が減り、ヘリウムがたまる現象といってもよい。実際には水素だけが燃えるのではなく、水素が燃え尽きればさらにヘリウムが燃え、その結果炭素がつくられ、というように、鉄までの重い元素が次々とつくられていく。水素よりヘリウムの方が重いから、太陽の内部はその進化とともに次第に重くなる。それにつれて周囲の物質をより強く引きつけ、そのままではつぶれてしまうから、同時にその重力に対抗して内部では水素の核融合反応の効率がよくなり、その結果、より高温高圧状態になり、その重さを支える。水素の燃え方がよくなるということは、より多くのエネルギーが発生することだから、太陽はその進化とともにより多くのエネルギーを宇宙空間に放出するようになる。

 地球から見ていれば太陽は、時代の経過とともにより明るく輝くようになる。逆に過去の太陽は現在より暗かったということである。どのくらい暗かったかについてはまだいろいろと議論があるが、多くの人は四六億年前の太陽は現在より三〇パーセントくらい暗かったと考えている。

 現在の大気が過去にも同様に存在したとし、太陽の明るさが時代をさかのぼるとともに減少するとしたら、地表の平均気温は昔にさかのぼるほど低下する。このような計算結果を最初に示したのは、アメリカの有名な惑星科学者カール・セーガンとその仲間である。彼らの計算によると、現在の大気が過去にも存在したとすると、二〇億年前の地球の地表平均気温は○度Cである。地表の平均気温が一五度Cから○度Cになるということは、氷河期になるかどうかといった程度の変化ではない。氷河期というのは、現在の地表平均気温が数度下がると生じる程度の変化にすぎない。平均気温○度Cの地球では海が凍りつく。もしこの計算が正しいとしたら、今われわれが眼前に見る縞状鉄鉱層など形成されるはずがない。この厚い堆積層は、海の中に溶けこんでいた二価の鉄イオンが酸化され、三価の鉄の水酸化物として沈殿した結果生じたものだからである。

 地球の海が過去に凍結したという地質学的証拠はない。そのことと、現大気が過去にも同様に存在したとしたら海は凍結するというこの計算結果との矛盾は、「暗い太陽のパラドックス」とよばれている。この矛盾の原因は現大気が過去にも同様に存在したという仮定にある。したがって大気の組成も圧力も時代とともに変化したということになる。

一億年前の温室地球

 二五億年前の大気がどのようなものかを直接示す証拠は発見されていない。しかしそれをどのように考えたらよいか、その根拠となる事実は一億年くらい前の地球に残されている。地質年代でいうと中生代と呼ばれる時代である。恐竜の栄えた時代として名高い。それは二億四〇〇〇万年前ほどに始まり、六四〇〇万年くらい前の恐竜の絶滅をもって終わる。この時代の地球の平均気温は今より一〇度Cくらい高かったと推定されている。当時の海底に堆積したものを調べると、現在では熱帯の海でしか堆積しないようなものが、高緯度の海底にも分布しているからである。

 暗い太陽のパラドックスからいえば、過去の地球の平均気温が現在より高いわけはない。それなのに、なぜこのようなことが起こったのだろうか。それは当時の地球の火山活動が今よりずっと活発で、その結果、多量の二酸化炭素がマントルから火山ガスとして大気中に脱ガスし、たまったからではないかと考えられている。そのように考えられる理由は、当時の海洋底の拡大速度が今よりもずっと速かったことがあげられる。なおこのころはこのほかにも異常なことが多く、たとえば地磁気の北極と南極が逆転するというような現象も、現在のように、平均すれば一〇万年に一回くらいというほど、頻繁には起こっていない。当時の大気中には、現在の大気中の二酸化炭素濃度の一〇倍以上の二酸化炭素が存在したと推定され、その温室効果を考えると温室地球のような平均気温も説明できる。

 右に述べた例は地球内部の活動によってもたらされた大気の組成変化であるが、それは他の要因によっても引き起こされる。たとえば生物による大気汚染(光合成生物による酸素の放出)などもその一例にあげられる。

 ハマスレイ峡谷の崖に見られる縞々模様も、当時の地球環境に生じた異変を物語っている。その縞模様は、当時の海に多量の酸素が供給されたことを示唆するからである。それが光合成生物の爆発的増殖によるものであろうことは容易に推測される。縞状鉄鉱層の地層中に、そのような光合成生物によってつくられるストロマトライトとよばれる地質構造物が残されているからである。なぜそのような光合成生物の爆発的な増殖が起こったのか、その理由はまだ知られていない。この頃、浅い海がひろがるなどの環境変化が起こったのだろうか。

 縞状鉄鉱層の縞々が当時の海の堆積環境を直接反映するものなら、そのような爆発的な増殖は周期的に起こらねばならない。そうでなくては三価の鉄の沈殿が周期的に繰り返されないからである。何億年というスケールで続くこの周期的変動は地球のリズムを感じさせる。

 しかし、この地球のリズムを鑑賞するゆとりもなく、ハマスレイ峡谷をあとにせざるを得なかった。それはせっかく撮影したフィルムを一本、太古の海の底に置き忘れるほどあわただしかった。筆者自身が撮影した縞状鉄鉱層の接写写真をここに掲載できないのはこのためである。

環境問題を考えるカギ

 見渡す限り赤土におおわれた広野を時速一〇〇キロを越える猛スピードで戻り、待っていてくれた鉱山長とサンイッチの遅い昼食をあわただしくすませたとき、時間はすでに午後二時を回っていた。このころからゴロゴロという雷の音がかすかに聞こえていたが、鉄鉱石の採掘現場に着くと雨期特有の積乱雲とその間にきらめく雷光とが遠望され始めた。

 この付近の縞状鉄鉱層は、それだけでも鉄の含有量は三〇数パーセント程度あるという。しかしその程度では鉄鉱石とはいえない。縞状鉄鉱層が形成された後、これまた長い時間をかけてシリカや炭酸塩の部分が水に溶け出し、代わりにヘマタイト(赤鉄鉱)がその間を埋め、そうして縞模様が消え、すべてがヘマタイトに変わってしまったのがトムプライスの鉄鉱石であるという。その鉄の含有量はしたがってヘマタイトのそれにほとんど等しく、六〇パーセントを越える。

 火薬を詰めるために規則的に並んだボーリングの跡や、巨大なシャベルカーと、それにさらに輪をかけたような巨大な運搬車がひっきりなしに走る鉱山の現場に立ったころ、雷宵がちょうどわれわれの頭上に達した。滝のような雨を避けて、以後は車中からの鉱山見物となった。

 鉱山見物をしながら、鉄鉱石の価値と価格についてふと疑問が生じた。われわれは現在いわゆる経済的な需給をもとに価格を定めている。しかしその価格には、地球がその生産に要した膨大なエネルギーと時間のコストに相当する価値は入っていない。環境問題とは結局のところ、そのような問題をどう考えるかによって決まるのではないだろうか。資源も環境も、現在生きる人々だけのものではないからである。そんな思いを抱きながら夕暮れのトム・プライス鉱山を後にした。
(松井孝典著「地球進化探訪記」岩波科学ライブラリー p33-46)

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◎「最も重要でかつ本質的な地球環境とは、海が安定に存在し続けられる環境であることを忘れてはならない」と。