学習通信090331
◎そして、それは急を要している……

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自転車政策・欧州の取り組み

 先にあげた自転車を交通システムとして使うことの四つのメリット
交通渋滞の緩和
市民の健康増進
交通死亡事故の劇的な減少
環境への貢献

 この「自転車のメリット」に関しては、通常は最後の環境問題だけがクローズアップされることが多いのだが、本当はそれだけではない。この四つは、四様にすべて大きなメリットである。通常の市民生活に結果的に大きな恩恵をもたらす。

 私がこのようなことを言うようになったきっかけは、かつてドイツのミュンスターという町を訪ねたことにあった。

 ミュンスターという町については、拙著『自転車生活の愉しみ』(朝日文庫)という本に詳しく紹介してあるのでここではざっとしか触れないが、人口が三〇万人程度の、世界で一番自転車化が進んだ都市だと言えるだろう。ここの市役所の都市計画課長は「最初は環境というより、渋滞緩和のためにこそ自転車優遇政策を始めたのですよ」と言った。

 最初は環境が重点ポイントではなかったのだ。渋滞緩和のための施策だった。これは多くの人にとって意外なことだろうと思う。中世以来の細い石畳の道が道路の多くを占めるミュンスター市は、一九八〇年代の初頭に、あまりの渋滞に耐えかねて、町の中心部にクルマで乗り入れることを禁止したのである。

 乗り入れ可能なクルマはわずかに乗り合いバスだけ。荷物運びのトラックは朝夕に、あわせて一時間に制限した。また自転車での移動を奨励した。自転車は道路に占める面積という意味で、クルマの半分どころか、およそ七分の一以下にすぎないという理由からだ。

 もちろん反対論はたくさんあったが、市は押し切った。ミュンスター市が学術都市であり、政策の本質を理解できる割合が高い、つまり市民意識が高いというファクターも幸運に作用したのだと思う。

 話はまず渋滞の緩和である。だからして、当初の市の政策は「自転車を使おう」でなく「クルマを使わないようにしよう」というところにあった。「クルマの代わり」は別段、公共交通のバスでも徒歩でも何でもよかったのだ。だが市民が選んだのは自転車だった。ドア・トウ・ドアで便利という、それだけのことで自転車は登場した。ここは重要な点なので憶えておいていただきたい。市民は自転車を強制されたのではなく、様々な「クルマ以外の選択肢」の中から、自ら自転車を選んだのだ。

 ところが、いったんそうしてみたところ、渋滞が減るだけでなく、それ以外の意外な結果が表れてきた。

 一番最初に市民が気づいたのは、クルマで移動するよりも都市内移動に要する時間が、遥かに短くなったことだそうだ。もちろん、都市中央部からクルマが一掃されることによって渋滞がなくなったからだが、市民は等しく自転車のスピードを実感するようになった。自転車は思いの外、速い。結果、ここに住む市民は、クルマに乗らないことによって、ビジネス効率が上がるという意外な経験をすることになる。

 つづいて、市民が驚いたのが交通事故の犠牲者が激減したことだ。

 当たり前のことだが、交通事故というものはクルマが関わらないことには、人が死ぬ、というシリアスな結果を生みにくい。

 自転車と歩行者との事故、または自転車同士の事故、で人が死ぬことは、まったくないとは言わないが、よくよくのことがあってのことだ。クルマが関わらない限り、交通事故で人が死ぬケースは格段に少ない。おおよそで言って桁が三つ違う。

 三つ目に人々が気づいてきたのは、自転車に乗ることによって、市民が健康になったことだ。この町の医療費の激減がそれを大いに物語ったという。

 そして最後に環境がやってくる。街の空気がキレイになった。これは誰もが認めるところで、大気の汚染にクルマの排気ガスがこれほどものを言っていたのかと、市民の誰もが気づきだした。これには時代の風も大いにものを言った。八〇年代末期の酸性雨問題(これはドイツにおいて特に激しかった)、九〇年代以降の地球温暖化問題。

 この大きなエコの流れは、自転車の背中を直接的に押した。渋滞緩和のために始まったミュンスターの自転車政策は、ここにきて、初めて環境問題に形を変えたのだ。そして欧州各国がその後についてくることになる。

 オランダも早くから自転車政策を始めていた(ミュンスターは当初、アムステルダム市を自転車化のモデル都市としていた)。アムステルダムでは町中を縦横無尽に走るドラム(路面電車)と自転車とが交通の主役だった。自転車は必ずこうした代替公共交通機関とともに都市に組み込むべし、というのが、アムステルダムの気づいたテーゼだ。なぜなら自転車に乗れない人、障害者、乳児、その他の人は必ずいるわけだし、雨の日の対策という意味でもドラムは有効だからだ自転車に乗ることを決して強いているわけじゃない。自転車政策は必ずこうした補完交通機関との連携でうまくいく。

 ミュンスター駅前には巨大な「サイクルステーション」がある。これは四〇〇〇台近い収容能力を誇る駐輪所と自転車修理工場、部品ショップ、洗浄機械、レンタル自転車(有料)などがセットになった一大自転車施設で、ひっきりなしに市民が自転車を入れては出していく。見た目には巨大なガラスのピラミッドといった風情で、なんだか現代芸術の趣すらある。ガード下などに薄暗く、ビンボー臭く造る日本とはまさしく雲泥の差で、これがまさに日欧の自転車へのイメージの差なのである。

 私と会ったドイツ人はこう言ったものだ。

 「世界有数の自動車の輸出大国であるドイツは、その責任として、個人個人が、自分だけでも温暖化ガスの排出量を少なくしようという思いがどこかにある。日本人も同じようなことを考えているだろう?」

 私は答えることができなかった。

 こういった国々での風景を見ていて気づくのは、自転車に乗っている市民の中にご老人の姿が目立つことだ。結構なお年をめされたお爺さんやお婆さんが、颯爽とハイスピードで自転車を漕いでいく。彼らはその長い人生の中で、たぶん(日本人よりも)自転車に慣れ親しんできた。だからこうも自転車を速く漕ぐことができるのだろうと思うが、もちろん「自転車専用レーン」をはじめとするインフラがそれを可能にしている。

 ドイツ、中でもノルトライン・ウェストファーレン州は、州全体が次第にミュンスター化し始めた。この中には旧西ドイツの首都、ボンも含まれている。デンマークも、スウェーデンも、フィンランドも、次々と自転車専用道の建設に着手している。

 ここまででとうにお気づきのことだと思うが「自転車のメリット」とは「過度なクルマ社会の弊害」の裏返しだ。この二つはコインの裏表なのである。

 自転車のメリットと自動車のデメリットが一緒であること。欧州各国が取り組み始めた自転車政策は、ここの部分の理解が日本と違う。自転車はクルマの代わりとなり得て初めて、大いなるメリットを発揮するのである。そこを思い切らないと本当の意味での自転車の意味は見えてこない。

 ミュンスターの都市計画課長はこうも言った。

 「自転車の走りやすい街とはどんな街だか分かりますか? 自転車が走りやすい、とは、とりもなおさず、クルマが走りにくい街、ということなのです」

 前提はここだ。自転車を増やすことや自転車の活用自体は別に目的でもなんでもない。クルマを出来得る限り減らすことこそが眼目なのだ。
 「クルマを減らすために、自転車を活用する」

 これこそが真の地球環境対策であり、自転車政策なのである。

 そして、それは急を要している。

 中国の台頭、インドの台頭、やがて彼らがより多くの化石燃料を使い、どう少なく見積もっても今の倍の地球温暖化ガスを排出し始めるのは確かなことだ。そこにどう対処していかなくてはならないか。

 ハイブリッドも燃料電池も有効な対策ではあろう。だが、排出ガスをよりドラスティックに減らす手段は、極端に言うと「歩き」か「自転車」しかない。これは当たり前の話で、そのことを、いったん豊かさを手に入れた国々が率先して知らせるしか地球温暖化ガスを減らす手だてはないのだ。

 もはやここにいたって「自転車」は「選択肢の一つ」ではない。

 自転車しかない。自転車にシフトしていかなくては、二一世紀の世界の市民生活はおかしくなる。京都議定書の締め切りが目の前に迫る中、日本としても、もはや「自転車もアリだね」の時代は過ぎたのだ。

 「そんなこと言ったって無理だよ」ではない。無理でも実行しなくてはならない。そのためには引き下がる部分だって必要だ。手放さざるを得ない「便利」だって出てくるだろう。だが、すでにそれは仕方のないことなのだ。

 出来得る限り、人の移動手段を公共交通機関と自転車にシフトすること。このことには、すでに迷いは許されないのである。

 ヨーロッパはすでにそこに気づいた。次は日本だ。

 まだ微々たるものだが、日本でも、自転車へのインフラは整いつつある。駅前の駐輪場が地下に大規模に作られるところも多くなったし、郊外に行くと自転車レーンがある街もある。だが世界的に見ると、日本は「まだまだ」どころか「まったく何も」に等しい。都心にはメッセンジャーをはじめ、自転車を積極的に利用しようという人々も多くなった今、インフラはそれに追いつくべきだ。何しろ京都議定書の締め切りが二〇一二年。その時までに日本は一九九〇年代よりも六%もCO2、NOXを削減することが義務なのだ。

未来は自転車とともに

 そもそも現代はクルマに依存しすぎている。便利さや幸福を求めるがあまり、かえって不便、不幸になってしまった。

 だが、自転車はその不幸を大いに覆すかもしれない。環境や事故の軽減に隠れて目立たないけれど、健康も大きな果実だ。

 平均寿命が世界一長い日本人ではあるが、その死因が非常に偏っているのはよく知られた話だ。癌、脳、心臓。だが、このうち脳と心臓に自転車は確実に効く。自転車通勤は、直接、心肺機能を強化し、カロリーを消費し、血管を軟らかくするからだ。

 中高年にとって、自転車は、身体に優しい運動でもある。関節に衝撃が加わらない。速くたって、ゆっくりたって、運動負荷を自分の好きに選べる。私は特に中高年男性に自転車をもっと活用していただきたいと思っている。

 さて、興味深い数字を紹介しておきたい。地球上のあらゆる移動体が、1q移動するのにlgあたり何カロリー必要かという「エネルギー効率値」だ。この数字が、たとえば人の歩行がO・75カロリー、馬がO・7カロリー、クルマがO・8カロリーとなる。ヘリコプターが3・8カロリー。バッタなども4・5カロリーと意外に高い。ところが自転車はわずかO・15なのだ。この地球上で一番エネルギー効率のいい移動体は実は自転車なのである。消費エネルギーはそのまま排出ガス量に結びつく。その数値が馬よりも低い。

 馬に乗っていた時代の人類よりも。

 つまり、産業革命の前後を通してであっても、人間が手にした最高にエコな交通手段、それが自転車なのだ。
(疋田智著「それでも自転車に乗り続ける7つの理由」朝日新聞社 p16-20)

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列島だより
自転車道定着へ模索

 自転車利用と愛好者が増える一方で、自転車対歩行者の事故も増加傾向にあります。本欄では、自転車と歩行者の分離が重要な課題になっていることを取り上げてきました(1月12日付)。引き続き各地の実情、取り組みを探ってみます。

レーン設置 歓迎の声
東京・世田谷

 東京都世田谷区の明薬通り。玉川通りという大幹線道路から一歩入った準幹線道路です。一昨年、この道路の両側に青ペンキに塗られた自転車専用レーンが設置されました。

 幅は側溝から白線まで一メートル。そこに四十五センチ幅で青ペンキが塗られただけのシンプルなものです。幅は狭いものの、着実に住民の利用が増えています。

 平日の午後。ロードバイクだけでなく、いわゆるママチャリといわれる自転車もスイスイと走っていきます。

 世田谷区にも「走りやすくなった」という住民の声が寄せられています。

 「実験期間を経て専用レーンが知られはじめ、なるべく車道を走ろうという機運も生まれています。根づきつつある」(同土木計画課)と見ています。

 世田谷区ではこの三月、桜上水、成城学園の一部地域にこの自転車専用レーンが完成しました。幅は一メートル五十センチ前後と、明薬通りのレーンより広く、余裕があります。

 法律上は明確に軽車両とされている自転車に車道の一角を確保し、歩行者とのトラブルを避けるうえでもこの試みは注目されます。

通行分離の社会実験
栃木・宇都宮
 栃木県宇都宮市では二月から三月半ばにかけて、自転車と歩行者の通行を分離する「社会実験」がおこなわれました。昨年から始まった「自転車通行環境整備モデル地区」に指定された取り組みで、国土交通省宇都宮国道事務所は、国道4号沿い約二百メートルの歩道に実験区間を設けました。

 住民に自転車で走ってもらい、「自転道と歩道を分離するうえで柵を設けるとしたら、その高さは、また柵がない場合は?」などを調べたものです。

 関心は高く、期間中近隣住民約千人からアンケートが寄せられました。

 同事務所の山本洋司管理第二課長は「多くの方が、自転車と歩行者を柵で分離してあると安心だといいます。同時に、柵はない方がいいという声もありました。街の中心部では歩道が狭かったり、商店街では出入りで柵で仕切るのはむずかしい」といいます。

 同県では一昨年の交通事故による死傷事故は減少し、自転車がからむ事故も前年より若干減少しています。しかし、事故全体の約二割を占め、自転車乗車中に二十七人が亡くなっています。

 「こうしたさまざまな実験をおこなったり、市や県、警察と連携し、ネットワークを広げて、自転車の走行環境を整備していくことが重要だと思っています」(山本課長)

 自転車は本来、健康や環境の改善に大きく貢献できる乗り物です。その可能性を広げ、定着させていくためには、行政はもちろん利用者、愛好者が声を上げていくことは欠かせません。(金子義夫)

欧米諸国では
計画持ち 利用推進
ヒト最優先に 車と同等で
 自転車は環境にやさしく、経済的で健康維持にも最適な交通手段として見直されています。

 自転車利用のあり方を考えるうえで欧米諸国の取り組みが参考になります。別表は各国の自転車施策を一覧にしたものです。

 その特徴は次のように整理できます。

 まず自転車施策について、マスタープラン(オランダ)、利用計画(ドイツ)、国家自転車戦略(イギリス)などを制定して、目標や計画を持って取り組んでいることです。そして一定の期間をおいて、目標の実施状況を点検し、評価を加えるためのレビュー(再検討)をおこなっています。

 具体的な施策としては(1)自転車の走行、駐車のための施設の整備(2)自転車と公共交通機関との連携(列車内への自転車の持ち込みを推進するための施策を含む)、そして衝突などを防止するための安全向上策(3)通勤や通学のほかにレクリエーションとしての自転車利用を積極的に推進していることも共通しています。

 とりわけヨーロッパの交通政策の際立った特徴は、歩行者、自転車、クルマそれぞれが同等の移動の権利と義務を持つということです。そのうえで「ヒトが最優先」という原則を置き、自転車もクルマと同等に計画的に交通政策を講じています。

 ドイツの「全国自転車交通計画」の対象となっている主な目的は(1)自転車の交通分担率の拡大(2)持続可能な社会とコンパクトシティーにふさわしい自転車の普及・促進(3)自転車交通安全の向上―です。

 フランスのパリ市が自転車利用を促進する政策を表明したのは一九九五年。公共交通ストライキと大気汚染の悪化がきっかけといわれています。現在、自転車利用促進長期計画(二〇〇二―一〇年)をすすめており、市内の延長約千六百キロの道路のうち約三百五十キロの自転車道・レーン、駐輪場の整備がすすめられています。

 オランダの第二次交通基本政策では、二〇一〇年を目標年次に(1)自転車のネットワーク化(2)短距離の自動車や公共交通の代替手段として、五キロ以内は自転車へ転換、長距離の場合は、自転車を鉄道の端末交通手段として位置づけています。

 この施策を行ううえで各国とも、日本の国土交通省にあたる政府機関だけでなく、環境、健康、教育、文化など横断的な政府機関が施策の計画と実施にあたっています。

 各国とも国が計画や指針を示し、地方がそれに則って政策を具体化することがもっとも効率的であり、交通の改善、まちづくり、利用者の要望に応えることになるとの共通認識があるようです。また政府地方機関だけでなく、NGO(非政府組織)も積極的に取り組みに参加しています。

 地球規模の環境破壊を解決するうえでも、クルマにたいする依存度の上昇による二酸化炭素排出量の驚異的な伸びを抑制することが求められていますが、自転車利用は現実的な代替手段といえます。日本においてもようやく施策充実の端緒が見えてきましたが、より具体的な施策の実現が望まれます。(党国民運動委員会 高瀬康正)
(「赤旗」20090330)

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◎「自転車通勤は、直接、心肺機能を強化し、カロリーを消費し、血管を軟らかくする」と。