学習通信090401
◎「民営化された戦争」に商品として引きずり込まれていく……

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自衛隊駐屯地で失業者向け職業訓練
 自民内で構想浮上

 全国の自衛隊駐屯地に失業者を集めて職業訓練する雇用対策案が、自民党内で浮上した。防衛・農林・建設分野の重鎮議員が発案、政府の追加経済対策への反映を狙う。

 「民間国土保全隊」と名づけた構想で、不況で職を失った人やニートらが駐屯地に半年間住み、生活費を支給されながら職業訓練を受ける。「派遣切り」で表面化した失業者の住居問題に対応しつつ、土木工事用の大型機械などを扱う資格を身につけてもらうことで、耕作放棄地の活用や未整備の森林間伐などの担い手になることを期待している。

 手本は、1930年代の大恐慌下にルーズベルト米大統領が設立した「民間資源保存団」。若者がキャンプで生活しながら植林などに従事したとされる失業対策事業だ。

 構想を進める加藤紘一元幹事長や青木幹雄前参院議員会長、古賀誠選挙対策委員長らが週明けに発起人会を開き、追加経済対策に盛り込むように求める。(林尚行)
(朝日090328)

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プロローグ

 二〇〇〇七年七月のカリフォルニア。うだるような暑さの中、マリオ・フェルナンデスは最後の荷物を車のトランクに詰め込んだ。妻のマリアは放心したように「差し押さえ物件」(Foreclosure)の札をつけられた家の前に立ちすくんでいる。

 銀行の差し押さえ率が全米一であるここストックトンの町では、このひと月だけでこれと同じ札が三〇軒の家につけられた。サブプライムローンの支払い延滞で次々に空き家が増えた街は、今ではしんと静まりかえりすっかりゴーストタウンと化している。

 サブプライムローンとは、社会的信用度の低い層向けの住宅ローンだ。二〇〇一年一月にアメリカ金融監督当局が出した通達によると、具体的には以下の四項日のうちどれかにあてはまる者が対象となる。

(一)過去一二か月以内に三〇日延滞を三回以上、又は過去二四か月以内に六〇日延滞を一回以上している。

(二)過去二四か月以内に抵当権の実行と債務免除をされている。

(三)過去五年以内に破産宣告を受けている。

(四)返済負担額が収入の五〇%以上になる。

 その利率は一般のプライム(優良顧客)と比べ非常に高く、最初の二、三年は利子が低いがその期間を過ぎると急激に一〇〜一五%に跳ね上がる。月々の返済をするために親族一五人で一軒の家に住みながらローンを返す家族もいるが、ほとんどはマリオのように途中で払いきれなくなり、家を追い出されるケースが占めている。

 マリオはため息をつくと、マリアに近づきその汗ばんだ肩をそっと抱いた。妻は彼を見上げると、無理やり泣き笑いの表情を作りながらこう言った。

 「ねえ、短い夢だったわね」
 そう、確かに短かった、とマリオは心の中でつぶやいた。だが同じ夢でも、自分たち一家に起こったこの出来事は、底に穴のあいた船で必死にオールを動かすような悪夢ではなかったか? マリオたちのような移民にとっての、この国で家を持つというアメリカンードリーム。到底手の届かないはずのそれがある日突然目の前に差し出されたら、誰だって天にも昇る気持ちで飛びつくだろう。

 三年前のあの日、突然マリオの家を訪れた若い男。金融機関から来たというあの男は、自分は弱者の味方だと言ったはずだ。マリオたちのような低所得層の移民にも、家を持つ夢をかなえる権利があるはずだと。そしてその後に続いた言葉が、マリオの心をつかんだのだ。

 「あなた方が国境を越えてやってきたアメリカという国は、不可能を可能にする場所なんですよ」

 それは二年前に自己破産をしており、クレジットカードは待ったことがないマリオの頬を紅潮させた。恥ずかしさに思わず目をそらすと、男の着ている一目で高級だとわかるスーツが目に入った。

 その光沢に目を奪われた自分に向かってさらに男が言った言葉が今になって思い出され、マリオは唇をかみしめる。

 自分や自分のような立場の人間を夢中にさせた、アメリカの不動産業界にはびこるあの神話。

 「住宅価格は上がり続けますから」

 あの時気づくべきだったのだ。神話は必ず崩壊する。

 機械工であるマリオの月収は貧困ラインぎりぎりだったが、何故かそれはまったく問題にならなかった。所得証明用の給与明細の提出すら必要なく、すぐに五〇万ドル(五五〇〇万円)の融資が下りた。

 だが月三一〇〇ドルのローンを返済するためにマリオとマリア、それに三人の息子たちがフルタイムで働いても、収入のほとんどは返済に回り、生活苦はひどくなる一方だった。現金が足りなくなっても、一〇年前にメキシコから移住してきたマリオの家族は誰もクレジットカードを持っていない。生活は一変してほとんど返済のためだけに働くようになってしまったという。

 支払いが苦しい月は利払い以下の返済でも大丈夫だと言われていたのが、払いきれない分はそっくり元本に組み入れられ、返済額が雪だるま式に増えていたことに気づいた時にはもう手遅れだった。英語でびっしりと書かれた契約書はメキシコ人のマリオにはよくわからず、男の言う言葉を信じてサインしたのが間違いだったのだ。いざ払えなくなったら安い金利ローンヘの借り換えができるという話だったが、二〇〇六年以降、住宅価格が下落し家の担保価値が落ちたためそれももはや不可能だという。マイホームを持つというマリオの夢は崩れ去り、後には膨大な借金だけが残った。
 「あの朝街を出て行きながら、一体どうしてこうなってしまったんだろうと私たち夫婦は茫然としながらも考えました」

 家を出た一か月後にインタビューに答えたマリオはその時のことをこう語る。

 「正直言ってよくわからないんです。一つだけわかっているのは、単に長年の夢が破れただけでなく、自がたちがその前の苦しかった時代よりさらに底辺に転がり落ちたこと、しかもそこからは二度と這い上がれないだろうという現実です」

 アメリカの住宅ブームが勢いを失い始めた時、業者が新たに目をつけたターゲットは国内に増え続ける不法移民と低所得層だった。自己破産歴を持つ者やクレジットカードが作れない彼らでも住宅ローンを組めるという触れこみで顧客をつかむやり方だ。

 マリオのように、英語のできないヒスパニック系には、あまりきちんと説明をせずに契約させるケースが非常に多く、利率も同じ所得層の白人と比べもともと三割から四割高だったという。

 連邦政府のデータによると、二〇〇七年一月から六月までの半年間に差し押さえられた物件数は全米で約五七万三四〇〇件で、前年より五八%増加している。

 この債権を担保としたサブプライム担保証券は一般の住宅ローンを担保にした証券よりリスクは高いものの金利自体が高いために利回りが大きく、ヘッジファンドや銀行が飛びついた。住宅価格が下がり貸し倒れが増えると、日米欧の中央銀行は銀行間の決済が滞りパニックになるのを防ぐために、巨額の資金を市場に供給し始めた。

 二〇〇七年七月にアメリカの大手格付機関がこれらのサブプライム担保証券の格下げを発表すると株価は大きく動揺。さらに翌月フランスの大手銀行であるBNPがファンドの一部凍結を実施したことでヨーロッパ市場からアメリカ、東京まで株安の波が拡大し、世界中の株式市場を大パニックに引き入れた。

 日本のメディアは連日金融界におけるこの混乱を報道し、日本銀行は利上げのタイミングについて頭を抱えることになった。

 だが「サブプライムローン問題」は単なる金融の話ではなく、過激な市場原理が経済的「弱者」を食いものにした「貧困ビジネス」の一つだ。この言葉はもともと生活困窮者支援のNPO法人「もやい」の事務局長である湯浅誠氏が生み出したもので、貧困層をターゲットに市場を拡大するビジネスのことを指す。

 アメリカで中流階級の消費率が飽和状態になった時、ビジネスが次のマーケットとして低所得層を狙ったシステムである「サブプライムローン」。

 連邦政府が発表した二〇〇五年のデータによると、同年、国内でアフリカ系アメリカ人の五五%、ヒスパニック系の四六%がサブプライムローンを組んでいる。白人はその人口に対してわずか一七%だ(Federal Reserve Data 2005)。

 二〇〇七年の夏にこの状況を振り返った時、リスクに無防備な低所得層の人々を商品≠ニして市場原理に組み込もうとしたことは大きな間違いだったと、ニューヨークに住む金融アナリストのジェイソン・マクフライは言う。

 「時代が上昇気流の時はいいが、一度その流れが変わって破綻した時に一番先に影響を受けるのはリスクに対するセイフティネットのない低所得層の人々だ。その結果、彼らは夢だけでなく人生も壊され、人間として最低限の生活をすることすらできなくなってしまった」

 サブプライムローン問題などで自己破産をした人々の救済に携わるマサチューセッツ州のNPO、「ESAC」の住宅問題カウンセラー、バージニア・ブラットは、低所得層を狙ってサブプライムローンを押しつけた金融機関のやり方を怒りを込めてこう表現する。

 「まるでハゲタカです。最近入ってきた移民たちにはクレジットカード利用歴もなく、ヒスパニック系の家族の三五%はそもそも銀行口座すら持っていません。こういう人たちの個人情報が金融機関に出回っているんです。それを見ながら地図上に印をつけれぱ「カモ」の分布図ができあがる。金融機関の営業マンたちはそれを見てピンポイントで勧誘に回るというわけです」

 これらの金融機関による勧誘やその結果による現状は、連邦政府側からも非常に実態がつかみにくいという難点がある。どこの機関にどんな苦情がどれだけ寄せられているのかは、相手が民間企業であるためなかなか調査しにくいのだ。

 「私たちは初め、これは人種差別だとして声を上げようと考えました。でも、そのうちに、どうもそうではない気がし始めました。人種や宗教などを超えた何かもっと別の……巨大な力が動いているように思えるのです」

 バージニアの直感はおそらく当たっているだろう。

 同じアメリカ国内で、貧しいために大学に行きたくても行けない、または卒業したものの学資ローンの返済に圧迫される若者たちや、健康保険がないために医者にかかれない人々、失業し生活苦から消費者金融に手を出した多重債務者、強化され続ける移民法を恐れる不法移民たち……こうした人たちが今、前述したフェルナンデス夫妻と同じように束の間の「夢を見せられ」、暴走した市場原理に引きずり込まれているのだ。

 その実態が、今アメリカ社会のすみずみから噴き出している問題一つひとつを検証し、それらをつなぎ合わせると鮮明に見えてくる。

 そこに浮かび上がってくるのは、国境、人種、宗教、性別、年齢などあらゆるカテゴリーを超えて世界を二極化している格差構造と、それをむしろ糧として回り続けるマーケットの存存、私たちが今まで持っていた、国家単位の世界観を根底からひっくり返さなければ、いつのまにか一方的に呑み込まれていきかねない程の恐ろしい暴走型市場原理システムだ。

 そこでは「弱者」が食いものにされ、人間らしく生きるための生存権を奪われた挙げ句、使い捨てにされていく。

 それは日本国憲法第二五条でいう、すべての国民が健康で文化的な最低限度の暮らしを営める権利を侵されることだ。

 世界を覆うこの巨大な力によって国民がそれを奪われ、「民営化された戦争」に商品として引きずり込まれていくという流れは、フェルナンデス夫妻を始めこの本に出てくるさまざまな例を通して映し出されている。

 「教育」「いのち」「暮らし」という、国民に責任を負うべき政府の主要業務が「民営化」され、市場の論理で回されるようになった時、はたしてそれは「国家」と呼べるのか? 私たちには一体この流れに抵抗する術はあるのだろうか?

 単にアメリカという国の格差・貧困問題を超えた、日本にとって決して他人事ではないこの流れが、いま海の向こうから警鐘を鳴らしている。
(堤未果著「ルポ 貧困大国アメリカ」岩波新書 p1-10)

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「浮かび上がってくるのは、国境、人種、宗教、性別、年齢などあらゆるカテゴリーを超えて世界を二極化している格差構造と、それをむしろ糧として回り続けるマーケットの存存、私たちが今まで持っていた、国家単位の世界観を根底からひっくり返さなければ、いつのまにか一方的に呑み込まれていきかねない程の恐ろしい暴走型市場原理システム」と。