学習通信090611
◎BPOの放送倫理検証委員会……

■━━━━

テレビ 時評
番組への政治介入またか

放送研究者
 松山陽一

 NHKスペシャル「シリーズ JAPANデビュー」の第1回「アジアの一等国=vは、日清戦争後、日本が50年にわたって行った台湾の植民地支配を、人々の証言や統治の実態を明らかにする資料「台湾総督府文書」などを基にリアルに描いた番組であった。

偏向決め付け

 この番組に対し、一部勢力は5月18日付産経新聞に「NHKの大罪」と題する全面意見広告を掲載し、放送法に違反する偏向歴史番組と決め付けて攻撃を始めた。さらに自民党の安倍晋三、中川昭一両議員らが番組内容を検証すると称し、数十人が参加する議員の会を立ち上げるという。

 2001年、ETV2001「問われる戦時性暴力」の放送前後に、NHK幹部が訪問した与党有力政治家の再登場である。彼らは事実に裏付けられた歴史番組に対して危機感を抱いたのだろうか。これは、単なる番組批判ではなく、個別番組への政治介入と考えられる。憲法21条の「表現の自由」にかかわる問題といえるのではないか。

 5月19日の経営委員会の席上、経営委員の一人は、「放送法違反などの法律違反およびその違反の疑いのある場合には、経営委員は個別番組について発言できると解釈しています」と述べた。だが、昨年1月の経営委員会で経営委員会の個別番組チェックに関する問いに対し、当時の多賀谷一照経営委員長代行は、「手続きのプロセスが正常に機能している限り、経営委員会は番組内容をチェックすることはできない」と答えている。個別番組の編集に関する事項は、考査室が番組基準を基に管理する。

平和と豊かさ

 そもそも、大型企画「プロジェクトJAPAN」は、経営委員会が議決する「国内放送番組編集の基本計画」に基づき、執行部が決定し経営委員会に報告する09年度「国内放送番組編成計画」で具体化されたものである。この編成計画に添って提案された放送番組の編集権は、放送法上、業務執行機関としての会長に帰属する。

 NHKの福地茂雄会長は、経営委員会で「番組についてさまざまな角度から批判はできますが、今回の番組は、日本の植民地政策に軸足を置き、アジアの一等国≠目指していた当時の日本の姿を描こうという制作意図から作った番組ですので、番組の内容はこれでいいのではないかと思います」「すべて事実に基づいて描いているという自信を持ちました」と述べている。

 番組は冒頭「未来を見通す鍵は歴史の中にある」というメッセージを発信する。今後私たちが世界の諸国民と手をつなぎ平和的生存権を現実のものとする上で、正しい歴史認識を持つことは必要不可欠である。

 NHKが、「近代日本の誕生を世界史的な視点からあらためて検証する3ヵ年にわたる大型企画『プロジェクトJAPAN』」を通して、平和と豊かさを願う私たちのために質の高い放送番組を送り続けることこそ、経営計画にいう「すべては視聴者のために」への新たなチャレンジなのではないだろうか。(まつやま・よういち)
(「赤旗」20090611)

■━━━━

メディア時評 テレビ
NHK番組改変問題にBPOが「意見」
 沢木啓三
  ジャーナリスト

 二〇〇九年四月二十八日、「放送倫理・番組向上機構」(BPO)の放送倫理検証委員会(検証委)は〈NHK教育テレビ『ETV2001シリーズ戦争をどう裁くか』第2回「問われる戦時性暴力」に関する意見〉を公表した。政治家が番組の内容に介入した疑惑をもたれている事件に対して、検証委が放送倫理の観点から改めて番組の制作過程を検証し、問題点を指摘したものだ。そこで何が指摘されたのか、この「意見」を読んでみることにしたい。

 番組改編事件の経緯

 この番組をめぐる問題については本欄でもたびたび取り上げてきたが、すでに放送から八年を経過した問題の番組と、それから今日までの経緯について、改めて簡単に振り返っておく。

 番組「問われる戦時性暴力」は、二〇〇〇年一二月に東京で開催された「女性国際戦犯法廷」を中心に取り上げて、女性が戦争で受けるさまざまな被害を見つめなおし、その責任のあり方を追及したものだ。法廷は世界各国のNGOが実行委員会を組織して開催したもので、旧日本軍によって「従軍慰安婦」にさせられた韓国人女性などが証言に立ち、歴史研究者らが研究成果を披露して、戦時中の女性の性的被害の実態を追及した。

 被告が法廷に立つことはなかったが、判決は「東京裁判」では訴追されなかった昭和天皇を有罪とするなど画期的な内容を含むものだった。九〇年代から主に欧州で戦争における被害の個人補償を認める動きが出たのを背景に、海外のメディアは法廷のことを大きく報道した。

 ところが日本では、この法廷をNHKが番組で取り上げることを事前に察知した右翼団体などが、番組の放送前から東京・渋谷のNHK放送センターに街宣車を乗り付けるなどの抗議行動を行った。番組は放送されたが、その内容は不自然な編集が施され、放送枠も予定の四四分より四分も短かったなど、その異常さが放送直後から指摘されていた。それには「NHKの上層部の圧力で番組が改変されている」ことを訴えた、番組制作会社スタッフによる内部告発が放送前から出されていたこともあった。

 番組を改変されたことで法廷の主催団体の一つ、バウネットジャパンがNHKなどを提訴したが、この間に自民党の安倍晋三・中川昭一両議員らがNHKの幹部と面談して番組内容に注文を付けたことが、朝日新聞の報道や番組の担当プロデューサーの内部告発で発覚し、東京高裁判決ではNHKが政治家の意図を過剰に忖度(そんたく)して番組を「当たり障りのないものにした」ことを指摘、NHKの責任を認めた。しかし、最高裁ではNHKの「編集の自由」を認めて、NHK側勝訴の逆転判決となった。政治家たちは番組介入については否定発言を繰り返し、NHK側も政治家たちの主張に沿った釈明を貫いたため、事実関係はそれ以上追究されないままとなっている。

 一方、この裁判とは別に、番組出演者の一人が、自分の発言が意味不明なまでに編集されカットされたことについて、人格権の侵害だとして「放送と人権等権利に関する委員会」(BRC)に訴え、BRCはNHKの放送倫理違反を認定している。

 NHK見解をベースに問題点を検証

 このようにいろいろと取りざたされ、また最高裁で確定判決まで出ている問題について、これ以上何を言うべきなのか──昨年七月の最高裁判決の後、いくつかの団体などから審理の要請を受けた倫理検証委は、まずこの問題を取り上げるかどうかについて、四回もの会合を重ねて委員間の意見をたたかわせた。その結果、「放送倫理上の観点から言うべきことがある」との結論に達し、さらに四回の会合で議論を尽くして、今回の「意見」に結実したのだった。

 この「意見」の特徴は、NHKがホームページで公表している番組編集の事実経過や番組に関するNHKの公式見解などをベースとして、そこに放送倫理にもとる部分がないかどうかを検証していること、つまりNHK自身の主張に内在する問題点を吟味していることだ。とくに、NHKが主張している「提案された企画意図に沿った番組だった」という主張に対して、検証委では全四回の番組シリーズ全体の録画を委員全員が視聴して、シリーズとしての企画意図から第二回「問われる戦時性暴力」にみられる問題点を判断していることは特筆に値する。

 その中で検証委は、このシリーズを通底するテーマは〈「人道に対する罪」という視点から、二十世紀に起きた戦争や武力紛争を見直し、それらを終わったこととせず、被害者が長い年月、内に秘めてきた苦しみを語り、加害者の責任をきちんと問い糾(ただ)すこと、そのことを通じて和解への道筋を探り、争いのない未来を創出するということ〉だと位置づけた。検証委の委員たちはこの企画を「素晴らしい番組」などと評価した上で、問題の第二回だけが〈散漫な、口ごもった印象〉を持っていると指摘した。つまり、NHK自身が「問題ない」と説明するこの番組が、シリーズの他の三本に比べて明らかに見劣りがすることを、シリーズ全体の企画趣旨から浮かび上がらせるというアプローチをとったのだった。

 そして、見劣りがする理由としては、NHKの幹部が編集に介入したことによる、番組制作者としての〈安定的視点の不在〉と、機械的な公平・公正性に目を奪われた〈安全という意識〉、そして元慰安婦などの証言を番組から削除したことによって、被害者・加害者双方の証言を重視するという〈企画趣旨からの逸脱〉がある、としている。さらに、番組をこのように散漫なものにしてしまったのは〈改編を主導した幹部管理職ら〉であるとして、NHKとしての責任を明確に指摘したのだった。

 検証委は、番組改変に先立つ政治家たちとNHK幹部との面談にも言及し、この行為を〈NHKの自主・自律を危うくし、疑念を抱かせる行為〉だったと厳しく批判、〈放送・制作部門と国会対策部門の分離の必要〉を強く求めている。また、この番組が現在、有料配信サービス「NHKオンデマンド」のリストにも載っていない(NHK関係者の話によると、局内の放送記録からも抹消されているという)ことから、番組を論じる前提として、〈何らかの形で誰もが過去の番組にアクセスできる環境を築くこと〉も求めている。

 NHKの対応に強い疑問

 このように慎重に、しかし鋭くNHKの対応の問題点を突いた検証委の意見に対して、当のNHKはどう反応したか。検証委に対する正式な回答は本稿執筆時点でまだ明らかにされていないが、五月一四日付でホームページにアップされた「放送倫理検証委員会の意見についての見解」を見ると、検証委の指摘を〈真摯に受け止めなければならないと考えています〉としながらも、〈単純に「機械的な公平に目を奪われた」などと決めつけたことは納得できません〉〈「完成度を欠き、散漫」などと番組の質を一方的に評価したことに強い疑問を感じます〉といくぶん反発を見せている。

 この点について、筆者の考えは次の通りだ。まず、検証委は四回シリーズ全体のなかで問題の第二回を評価している。「完成度を欠き、散漫」なのは他の三回と比較した上での評価だということについて、NHKは何の釈明もしていない。番組の長さがシリーズの中で一本だけ四分も短かったことについても、納得できる説明をしたこともない。それでいて「一方的な評価に疑問を感じる」というのでは、そういう態度にこそ「強い疑問を感じてしまう」のではないだろうか。

 第二に、放送倫理というものは単なる職業倫理ではなく、視聴者の利益のために存在する概念だと考えれば、出来の悪い不体裁な番組を放送するということ自体が放送倫理に抵触する重大な過誤だった、と言うこともできる。そういう意味で、倫理上の観点から番組の質を評価することは十分ありうることで、検証委は番組の質について語るな、と言わんばかりのNHKの頑(かたく)なで狭量(きょうりょう)な態度は、視聴者の存在を軽視した不遜(ふそん)きわまるものだと言わざるを得ない。

 筆者が聞いた範囲では、NHKの番組制作現場の職員の間では、この意見について「心に響いた」「もやもやしていたものがストンと心に落ちた」と、真摯に受け止める声が少なくない。検証委が指摘しているような〈閉じた態度〉を打破して、視聴者に誠実な検証番組を制作する気運を、ぜひ制作現場から盛り上げてほしいと切実に思う。(さわき・けいぞう)
(「前衛 09年7月号」日本共産党中央委員会 p183-185)

〓〓〓〓〓〓〓〓
「放送法に違反する偏向歴史番組と決め付けて攻撃……さらに自民党の安倍晋三、中川昭一両議員らが番組内容を検証すると称し、数十人が参加する議員の会を立ち上げる」と。